人間、20年30年と生きていると、誰しも1度や2度は「死ぬかも知れない」と思うような体験をしたことがあるものではないだろうか?
私の場合だと、学生時代バイクに乗っていて自動車とケンカして空を飛んじゃった時とか、400ccのバイクの集団の中に1人だけ125ccのバイクで走っていて、120km/hくらいのスピードに必死でついて行っていたら、カーブを曲がり切れずにどんどんガードレールが近づいて来て、「ああ!あかん・・・逝ってしまう・・・」と思っていたら、偶然ガードレールの途中から分かれ道になっていた農道みたいな狭い道に入り込んでいた時とか、雨上がりにバイクで走っていて、約束の時間に遅れそうだったので飛ばしていたら、横合いからひょいと出て来た自転車を跳ねそうになって急ブレーキをかけ、左側が川、右側は対向車が来ている道の真中で転倒して滑って行った時とか(本当に運が良かったが、転倒したものの奇跡的に横に倒れたバイクに馬乗りになった状態で、まっすぐ前に滑って行って、本人は無傷だった)がそうである。
改めて書いてみると、全部バイクに関係していて、今でもバイクに乗るのは結構好きなので、いずれホントにバイクで命を落とすんじゃないかという気もするな・・・
まあ、それはそれで良いとして、上に書いたような場合は、「逝ってしまうかも知れんな。」とは思うものの、それはどちらかというと刹那の事であって、後から思い出しても「あの時は危なかったよなぁ。気をつけて運転しよ。」と思うくらいである。
しかし実は私には、今思い出しても背筋を寒気が走るような死への恐怖と戦った経験がある。それは、やはりバイクで何回か死にそうになったのと同じ、大学生時代のことである・・・

ある朝目を覚ますと、天井にぶら下がった蛍光灯が煌煌と点いていた。
「ありゃ、またやっちゃったか?」
いつもの事だが、寝る気じゃなかったのに何時の間にか眠ってしまったようだ。まあ、今日はテレビが点いていないだけまだましか、と思いながら起き上がる。何だか頭が痛い・・・。夕べは何してたんだっけ?酒飲んでた訳じゃないし・・・。今日の一限目は実験だったよな・・・時間は・・・まだ大丈夫か。それにしても頭痛いな・・・風邪ひいたかな?とにかく顔洗おう・・・と思いつつ流しに向かう。
(当時住んでいた部屋は6畳間に小さなキッチンが付いていた。キッチンと言っても、畳1畳半程度の広さで、小さな冷蔵庫と流し、その横に小型のプロパンガスボンベとコンロを置いて料理をしていた。キッチンの外にはベランダがあって、その向こうは入海になっている。潮風が部屋に吹き込んで来て心地いいな、と思って決めた部屋だったが、入居して数日後、朝の6時を過ぎた頃に「ドドドドドド…」といいう物凄い音に飛び起きて窓の方を見ると窓の外を何やら柱のようなものが右から左にゆっくり動いている。びっくりして窓際に寄ったら船が通っていた。隣の家が牡蠣漁をしている漁師さんで牡蠣を水揚げする音が、また「ぐゎらぐゎら・・・」とけたたましかったのだが、既に後の祭りで結局そこで4年間暮らした。が、この話は今は関係無い・・・)
流しに足を踏み入れると、何かが足の下でジャリっと潰れた。ん?と思いつつ、ふっと目をコンロの方に向けると、コンロの上で片手鍋が斜めに倒れかけていた。そして、それを見た途端、私の脳裏に昨晩の記憶が鮮やかに蘇り、私の顔面から血の気が引いていくのが自分で分かった・・・
昨晩・・・特にする事もなかったが、何となくウダウダしていたら何となく腹が減って来た。冷蔵庫を開けたら、卵ボックスに少し古くなった卵が2個入っていた。「そろそろ処分してしまわんといかんな。」と思い、ちょうど良いからゆで卵にしようと片手鍋に水を張り、卵2つを入れて火にかけた。火にかけて・・・かけて・・・現在に至る・・・
コンロのツマミを見たら「開」の位置のまま・・・「頭が痛かったのはこの所為か」・・・慌てて閉めようと手を伸ばしたが、思いとどまって横にあったガスボンベの方の元栓を締めた。
落ち着け・・・落ち着け・・・落ち着け・・・
このガスはプロパンガスだ。下手に火花が散るような事をすると、充満したガスがドカンと行くかもしれない。そうなったら大惨事だ。
心臓が早鐘のように鳴るのを意識しながら、ゆっくりとベランダに通じるドアの方に移動する。金属製の閂に手をかける・・・そっと・・・そっと・・・開いた!建付けの悪い木のドアを開け放つ。潮の香りがふわりと入ってくる。
「次は窓を。」くるくる回すタイプのカギをゆっくりと緩めていく。そして錆びて回転が悪くなっているコロから万が一にも火花でも出ないよう(まず大丈夫とは思ったが念の為)これまたゆっくりゆっくりと開けていく。潮風が部屋の中を舞い始める。
次に部屋を横切って入口の引き戸をこれまたゆっくりと開ける。すうっと潮風が流れる。
よしよし、次は・・・と。昔何かで聞いた事がある。「プロパンガスは空気より重いので、もしガス漏れを起こしたら、箒で掃き出せ」と(多分)。部屋の端に立てかけてあった箒を持つ。入口側は廊下なので、ここはやはりベランダに掃き出すべきだろうと、ベランダ側からせせっと空気を掃き出す。ホントなら部屋の中のほうから掃かないといけないんだろうけど、やはり冷静でなかったのか、ドアのところでひたすら掃き続けた。
何分くらいやっていただろうか?部屋の中の空気が完全に入れ替わったと感じた。
「もう大丈夫だろう。」と思うと、部屋の真中のふとんに戻り、ぺたんと座りこんだ。どのくらいの時間呆然としていただろうか?時計を見ると、もう一限目が始まる時間だ。
「いかんなぁ・・・」と思いつつ、卵だけ処分して学校に行こうと腰を上げる。キッチンに行き、片手鍋を覗き込む。
「?」
2つ入れた筈の卵が、1つしか見当たらない。確かに2つ入れた筈だけど・・・と、さっきから何かジャリジャリする足元を見てみると、白いものが辺りに散らばっている。よく見ると、どうやら卵の破片らしい。片手鍋を除けてみると、陰に少し大きめの破片が転がっていた。どうやら水が蒸発しても過熱し続けたため、卵の1つが破裂したらしい。だとしたら結構大きな音がした筈なのに、全く気が付かなかった。
我ながら困ったもんだ・・・と思いつつ、ふっと天井を見上げると、そこには固ゆで状態になった真ん丸い黄身がビッタ〜〜〜ンと・・・・・



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