私のCD棚から:
ジョージ・フリデリック・ヘンデル
オラトリオ《メサイア》


シキリアのムーサ達よ、私は大いなる出来事を歌おう・・・
(ウェルギリウス『牧歌』より)


「メサイア」とは、「油注がれたもの」を意味するヘブル語「メシア」の英語読み。油を注ぐということは聖別されることを意味し、たとえば歴代のイスラエルの王は油を注がれることではじめて王として認められた。「メシア」のギリシア語訳が「クリストス」、これがラテン語に訳されるときにはラテン語の語尾に変えられただけで「クリストゥス」とそのまま使われた。

ヘンデルの《メサイア》の台本の冒頭には“MAJOR CANAMUS”という題とともに新約聖書からの引用文が付けられている。この「マヨル・カナムス」というラテン語は、帝政ローマの詩人ウェルギリウスの『牧歌』よりの引用である。なぜキリスト教徒でもないウェルギリウスが、救世主を歌ったこのオラトリオの冒頭に引用されているのか?
この『牧歌』は、新たなる黄金時代の到来を歌っている。ウェルギリウスは歌っている、

汚れなきルーキーナよ、生まれ来る嬰児を守りたまえ。
彼によりて鉄の種族は絶え、
新たなる黄金の種族が地の上に萌え出ずるであろう・・・

この内容が、キリスト教徒によって、キリスト降誕の予言と受け止められた。んな牽強付会な、と言われても私は知りません。

とネタ振りを一つして、最近あんまり更新していないのでお茶を濁すわけなのだが、CD棚にある同一タイトルの群れから有名タイトルの《メサイア》あれこれ、行ってみることにしましょう。
順不同なので、素晴らしい順なんてことはありません。では。


1.オットー・クレンペラー指揮
フィルハーモニア合唱団&管弦楽団
(EMI)

クレンペラー御大のメサイア。ソリストもエリーザベト・シュヴァルツコプフやニコライ・ゲッダらを起用している。
今からすればすんごい遅いテムポなのだが、聴いているとたまにはこういうのもええで、という気持ちになって来るのは、
クレンペラー様の魔術か。


2.ニコラス・マギーガン指揮
カリフォルニア大学バークレー室内合唱団、フィルハーモニア・バロック管弦楽団
(ハルモニア・ムンディ・フランス)

演奏はあんまりいいとはいえないんだけど、このCDは異稿を多数収録の3CD。ちょっと例をあげてみよう。

*バスのレチタティーヴォ「万軍の主かく言いたもう」の別バージョン、続くアリアのソプラノ・バージョン、
またバスのレチタティーヴォによる短縮バージョン
*アルトのアリア「彼は侮られ」のソプラノ・バージョン
*ソプラノのアリア「いかに麗しきかな、よき知らせを告げる者の足は」の合唱つきバージョン、アルト・バージョン
*合唱「その声は全地に行きわたり」のテノールソロ・バージョン
*テノールのアリア「汝黒鉄の杖もて」のレチタティーヴォ・バージョン

コレクター必須アイテムと申せましょう。


3.クリストファー・ホグウッド指揮
オクスフォード・クライスト・チャーチ聖歌隊、アカデミー・オヴ・エンシェント・ミュージック
(オワゾリール)

ガーディナー盤とともにセンセーションを巻き起こし、《メサイア》のオリジナル楽器演奏の契機となったもの。
ジュディス・ネルソン、エマ・カークビー、キャロリン・ワトキンソン、ポール・エリオット、デイヴィッド・トーマスとソリストも充実。
1754年の捨子養育院版を使用している。
少年聖歌隊がちょいとヘタっているのが残念だ。


4.リチャード・ヒコックス指揮
コレギウム・ムジクム90
(シャンドス)

これぞ英国、といった颯爽とした演奏。
なのだが、バスを担当するブリン・ターフェルが、二日酔いで録音に臨んだのかと思ってしまうほどの暴走ぶりを見せており、
非常に愉しい。
「ラッパ鳴りて」なんて、もう、やりたい放題。


5.鈴木雅明指揮
バッハ・コレギウム・ジャパン
(ロマネスカ)<国内版。海外版はBISより。

第2部がやや劇的緊張に欠けるけど、ほかには文句をつけるところは特になし。日本人なら買っとけ。第1部の出来は世界一ィィィィィ!という感じです。
ソプラノの鈴木美登里さん、最高です。「大いに喜べ、シオンの娘よ」のダ・カーポ直前の装飾音のとこなんか、涙が出てきちゃいます。
米良も良し。「おお死よ、汝の棘いずこにありや」のエルウィスとの掛け合いは絶妙。低音部がすごいな。この二重唱はロング・バージョンを使用。


6.ウィリアム・クリスティ指揮
レザール・フロリサン
(ハルモニア・ムンディ・フランス)

クリスティがハルモニア・ムンディ・フランスからエラートに移籍する際に残していった演奏。
「メサイアをフランス風にやっちゃおう」ってことで、もうとにかく装飾音の嵐。
アルトをアンドレアス・ショルが担当している。


7.サー・コリン・デイヴィス指揮
ロンドン交響楽団&合唱団
(フィリップス)

モダン楽器による演奏。アリアなどは遅めのテンポだが、合唱は軽快。「彼はレビの子らを潔めん」ではハイスピード演奏を披露。
デイヴィスらしくインパクトはないけど手堅い、というところ。
練習用の音源には手ごろかも。


8.ヘルマン・マックス指揮
ライニッシェ・カントライ、クライネ・コンツェルト
(EMI)

W.A.モーツァルト編曲版(K.572)。「厚着したヘンデル」と言った感じだが、中にはおおう、とうならせるものもある。
編曲依頼元の合唱団はあんまりうまくなかったのか、それとももっとソリストを使おうと思ったのか、合唱はまずソリストの四重唱から始まって合唱に移行、
という編曲がほとんどになっている。
ライニッシェ・カントライのコーラスはとにかく精妙。ソリストが歌ってんのか、というくらい声が揃っている。
モニカ・フリンマー、メヒトヒルト・ゲオルク、クリストフ・プレガルディエン、フランツ・ヨーゼフ・ゼーリヒと、ソリストも万全だ!


9.スコラーズ・バロック・アンサンブル
(ナクソス)

1742年ダブリン初演版を使用。オーケストラは小編成、コーラスも14名で彼らが持ち回りでソリストも兼ねるという、いかにもナクソスらしいローコスト演奏。
でも演奏の質は結構良く、なにより初演版ということでポイントは高い。これで2000円はお買い得以外の何ものでもない。


10.ヘルムート・リリング指揮
オレゴン・バッハ祝祭管弦楽団・合唱団
(ヘンスラー)

以前モーツァルト版を録音していたリリングの、原典版による録音。
普通すぎて、何とも言いようがない。


11.ポール・マクリーシュ指揮
ガブリエリ・コンソート&プレイヤーズ
(アルヒーフ)

序曲はへなちょこで、ドーするよ、と思っていたが、そこからはハイスピードの目もくらむようなF1サーカス演奏。
一気に「ハレルヤ」までやってきて、どうやるんだ、と思っていたらこれ以上やりようもなく普通の演奏。
「アーメン」も快速に行くか?と思ったらメチャゆっくり。なんか消化不良だ。いやおおむねイイ演奏なんですけどね。特にスピード好きにはたまらないデスよ。
序曲とハレルヤとアーメンが・・・詰めがいまいち、ってことになるのか?


12.ジョン・エリオット・ガーディナー指揮
モンテヴェルディ合唱団、イングリッシュ・バロック・ソロイスツ
(フィリップス)

それまで大編成団体が主体だったメサイア演奏に一石を投じた古典的(になるな、もう)名盤。
小編成のコーラス・オーケストラによる爽やかできびきびしたパーフェクトなアンサンブルが、メサイア演奏を根底から覆した。
今から見ると、あまりにダイエットしすぎていてヘンデルらしい豪奢な感じに乏しい。もっともガーディナーも今ならもっとこれよりももっと劇的な演奏をやってくれるだろうが。


13.アンドルー・パロット指揮
ヘンデル&ハイドン・ソサエティー
(アラベスク・レコーディングス)

本来ドイツ語歌唱のモーツァルト版を英語テクストで歌っている。ライヴ演奏。
音楽はもともとドイツ語訳歌詞のために編曲されたものなので、レチタティーヴォなどでは時々英語のイントネーションと音楽との乖離が見える。
やっぱりドイツ語のための音楽だな、と思った。


14.マルク・ミンコフスキ指揮
ルーヴル宮音楽隊
(アルヒーフ)

速いにもほどがある、と言いたくなるくらい速い。心して聴かないと乗り物酔いならぬ音楽酔いになります。取り扱いには注意。
通常はアルトによって歌われる「されど彼の来る日には」はソプラノバージョン。
ソプラノのアリア「いかに美わしきかな」では、通常は合唱で歌われる「その声は全地に行きわたり」のテクストを中間部に用いるダ・カーポ・アリアバージョンを採用。


15.トレヴァー・ピノック指揮
イングリッシュ・コンサート&合唱団
(アルヒーフ)

「お母さんも安心」ていうかんじ。


これを書いていて思ったが、ビーチャム盤がないのは痛すぎる。
あとリヒターのドイツ語版も。昔テープにダビングはしてもらってるけど。


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