中世のオペラ〜「ダニエル劇」


御身をたたえて、キリストよ
このダニエルの劇は
ボーヴェにおいて書かれ
この若者らにより演じられる

中世、折々の祝日には、イエスの復活、ヘロデ物語など、聖書に題材をとった典礼劇が上演された。たいていは厳粛なものだが、この「ダニエル劇」は、宗教的題材ながら、その内容において世俗劇的な様相を呈している。「中世のオペラ」とも呼ばれることもあるほど。冒頭のセリフに、「このダニエルの劇はボーヴェにおいて書かれ・・・」とあるが、ボーヴェ発見の写本によると、この劇の成立は1140年。新年の受割礼日、あるいは「愚者祭(下級聖職者が気晴らしのために騒ぐ日)」などのために作られた。後者の愚者祭は、たびたび教会のお偉い方たちの非難の対象となっていたようで、よっぽど猥雑な無礼講だったらしい(愚者祭がどんなものか知りたい人には、オワゾリールのピケット&ニュー・ロンドン・コンソート盤や、ハルモニア・ムンディ・フランスのクレマンシック・コンソート盤を)。劇の原型のひとつとして、クレリックであったヒラリウスの典礼劇「獅子の穴の中のダニエル」が知られる。

筋は、旧約聖書・ダニエル書に基づく。新バビロニアのベルシャザル王の王宮の壁に不思議な文字が記され、イスラエルの預言者ダニエルがこれを解読するエピソードと、アケメネス朝ペルシアのダリウス王に重用された彼が邪悪な廷臣によって讒訴され、獅子の穴に落とされるが、天使の助けによって救われるというエピソードを軸にする。登場人物は多彩、天使も登場。天使役はおそらく機械で吊り下げられながら演じられた。ライオンも人間が演じたと思われる。「がお〜」「むしゃむしゃ、ゲップ」とか。ここらへんがいい。

さあ、いってみましょう。「ダニエル劇」の数々。楽しいですよ〜。ぜひどれか聴いてみれ。

(解説はオワゾリールのプロ・カンツィオーネ・アンティクヮ盤などより)


◇ミヒャエル・ポップ/エスタンピー (クリストフォルス)

派手、派手、派手!器楽、そして、何よりもパーカッション勢の勢いが凄い。この速さでこのパーフェクトなアンサンブル!聴いてて楽しい。でも当時の人にゃ、こんな演奏はできないんじゃ・・・でもイチ押し。


◇アンドルー・ローレンス・キング/ハープ・コンソート (ドイツ・ハルモニア・ムンディ)

何といっても聴きものは、悪い廷臣を食べちゃったライオンの「ゲップ」。(それだけか!?)


◇マーク・ブラウン/プロ・カンツィオーネ・アンティクヮ (オワゾリール)

国内盤はこれくらいか?新年上演を想定したか、ペロタン、アルベールらの、聖母マリアに関するモテットを挿入する。そのため、宗教的でさわやかな印象。ラテン語訳のために、ぜひ一枚。台詞の意味がわからんとね。


◇クレマンシック・コンソート (アーミテイジ)

多彩な楽器を用い、コンドゥクトゥスでは手拍子も入れて盛り上げる。王が出てくるところでは、鳴り物や太鼓が物々しく炸裂。登場人物もすごく芝居がかってて笑える。特にダニエルを妬む廷臣たちは、いかにも悪そうなミョーな声出してて、いい。全体的に雑然とした感じだが、それが中世を感じさせたりして。ライヴ録音。ときどきラテン語をトチって「しもたー!」とか思ったか声量が落ちるとこがあって、いかにもライヴ。


◇フレデリック・レンツ/ニューヨーク古楽アンサンブル (FONE)

日本でも「ダニエル劇」を引っさげて公演を行った、ニューヨーク古楽アンサンブルの録音。
劇に入る前に長い器楽合奏がある。「さあさ、これから始まるよ〜、みんな集まって」という感じか。世俗的な面を強調。壁の文字「マネ、テケル、ファレス」やダリウス王登場(およびベルシャザル王殺害)の場面は鳴り物がハデに盛り上げる。ベルシャザル王の断末魔の叫びやライオンの咆哮もいいぞ。


◇カペラ・サヴァリア (フンガロトン)

いちばん簡素。器楽はパーカッションがひとりだけ。礼拝堂の中で、ローソクの明かりの中演じられる、といったイメージ。とにかく静謐。


◇クラークス・オブ・オクセンフォード (カリオペ)

どっかの田舎の村祭りのような、のどかな演奏。
でも48分43秒を2トラックというのはやめれ。
ロバート・ホワイトのエレミヤ哀歌を併録。こいつも1トラックだ。もうちょい細かく分けてください、カリオペ。


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