III.1月2日:花の都フィレンツェ2



1.追加料金

 さあ、今日はフィレンツェが世界に誇る美の殿堂、ウッフィーツィ美術館などに行こうかのう、ということで、前日と同じユーロスターに乗る。ミラノはこの日も雨。今日はフィレンツェの天気はどうだろうか・・・ホテルのTVで見た天気予報ではいまいち良くないみたいだったが・・・

 前日、ミラノ中央駅のチケット自販機で急行券を買っていたのだが、その日の朝に買ったものより安かったのでヘンだなーと思っていると、このチケットには席の記入がない。ユーロスターは日本の「のぞみ」みたいに全席指定なので、自分たちの買った「通常の急行券」では本来乗れないのだった。自由席特急券で「のぞみ」に乗れないのと同じだ。
はてさて、どうしようか、と乗降口のところに立っていると、そのうち車掌さんが検札にやってきた。当然怪しまれて声をかけられる。チケットを見せてわけを話すと、
「これではだめだ」
とのジェスチャー。そして、イタリア語で何か話した。こっちがよく理解していないのに気付くと、メモに、
「L10,000」
と書いてよこす。
「どういう意味?」
「袖の下くれたら見逃すってことか?」
「単に追加料金じゃないか?」
どうも追加料金払えばOKらしい。そこで各自1万リラを払うと、領収書を切ってくれた。見ると、
「Differenza supplementi」
と書いてあるところに線をビーっと引いてある。後で辞書を引いてみると、
「不足分追加」
という意味だった。
なんにせよ、途中でほっぽり出されなかったのはめでたい。
 途中の停車駅では乗降客に怪訝な顔をされたが、なんとかフィレンツェに到着。フィレンツェも小雨のぱらつく、やや陰気な天気だった。

2.あきれ返るほどの行列

 ここで二手に分かれる。私と友人がウフィツィ美術館に、元友人の教え子くんがアッカデミア美術館に向かうことになった。彼はミケランジェロの「ダヴィデ像」の真作が見たいらしい。
 それじゃまたあとで、と別れてまず郵便局に向かった。年賀状を出し、近くのカフェテラスでカツレツなどの軽めの昼食をとって、12時ごろ美術館そばのシニョーリア広場へ。天気は悪いながら、人で溢れかえっている。ダヴィデ像のレプリカの前を過ぎ、美術館へ・・・げっ、凄い列だ!
 美術館入り口から、コの字形の回廊をぐるりと回って長い行列ができている。こりゃ、相当かかりそうだ。さっさと列の後ろに並ぶ。
 回廊には流しの画家たちが集まり、そこかしこで似顔絵を描いたり、自作品を売ったりしていた。雨模様ということで、自転車で荷車を引いて傘を売っている者もいたが、警官がやってきてそれを追っ払っていた。
 辺りにある、帝政ローマ時代の彫刻、ダンテやマキャヴェッリ、レオナルド・ダ・ヴィンチなどフィレンツェで活躍した偉人たちの像を見ながら待つ・・・が、列がほとんど進まない。まさに牛歩だ。15時になったが、やっと回廊の折り返しに辿り着いたくらい・・・二人でクイズとかゲームとかやって時間をつぶすが、いいかげん疲れてきた。ていうか、そもそも美術館には入れるのか、不安になる。
 風が冷たくなり、夕闇が近づいてきた。

 中を見終わって出てきたらしい日本人の人をつかまえて話を聞いてみると、
「年末にいっぺんに人を入れすぎて中がパニック状態になったので、今日は制限しながら入館させているらしい」
ということだった。マンマミーア!もう16時デスよ!
 やっと建物の入り口に辿り着いた!中を見る・・・チケット売り場まで長蛇の列。そこの先もまた列・・・・発狂しますよ?
待ちに待って12,000リラを払ってチケットを買い、さらに待ってついに解き放たれた時、時刻は4時30分。美術館の開館は17時まで!30分で全部観ろってか!無理に決まっとろうが!しゃーない、観たいとこだけ観てあとは流すッ!
それにしても4時間並びでほとんど放心状態なんすけどね・・・とにかく階段を駆け上がる。

3.観る!

 さあ、ウフィツィ30分ツアー開始!まずは、ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノ『東方三博士の礼拝』だ。トン・コープマン指揮のJ.S.バッハ《クリスマス・オラトリオ》のCDジャケットに使われていた華麗な作品だ・・・が、その部屋はモロに立ち入り禁止となっていた。ガーン。このやろー、「もう時間ないんだから、さっさとボッティチェッリでも観て、とっとと帰れや愚民ども」ってか!?仕方なく第二室「ジオットの間」から第七室「初期ルネッサンスの間」へ。ここで目を引くのは、なんといってもパオロ・ウッチェッロ『サン・ロマーノの戦い』。躍動する騎馬を大胆な構図で描いている。ピエロ・デッラ・フランチェスカ『ウルビーノ公夫妻の肖像』もよく知られた作品だ。ちょっとデフォルメきかせた写実的な肖像で、発注元はこれを見てどう思ったか、知りたいところだ。たぶん「もっとカッコよく描けよ」と眉をひそめたと思う。

 さてそれはともかく第八室「フィリッポ・リッピの間」へ。この壁面に大きく飾られているのは、サンドロ・フィリッペーピ、通称ボッティチェッリ『聖母の戴冠』。しかし私がもっとも目を引かれたのは、通路側の壁にかかっていた小さな絵、ボッティチェッリの師・フィリッポ・リッピ『聖母子と二天使』
 聖母マリアが両手を合わせ、二人の少年天使に担がれ自分の肩に手をかけるわが子イエスに優しいまなざしを向けている。以前から画集で見ていて、きれいな絵だな・・・とは思っていたのだが、生で見る聖マリアはそれとは比べ物にならない美しさだった。照明のせいもあるのかもしれないが、表情が生きていて、輝いていた。清楚、可憐、柔和・・・今まで見た女性の中で最も美しい、と断言してもいい。この聖マリアのモデルは画家自身の妻というが、こんな人が奥さんだったら、もう他には何もいらんでしょう。
 ・・・・・・・・気づくと、友人はすでに先の部屋へと消えていた。

 第九室「アントニオ・ポッライオーロの間」を過ぎると、第十−十四室「ボッティチェッリの間」。その名のとおり、ボッティチェッリの作品を陳列する。名高い『ヴィーナスの誕生』、『パラスとケンタウロス』、『ラ・プリマヴェーラ(春)』、『東方三博士の礼拝』などがずらりと壁にかかっている。いずれも壁一面を支配する大きな絵画なのだが、ボッティチェッリは細かいところまで本当に綿密に描いていて、それが、離れて見た時のシャープで鮮やかな印象につながっている。『ラ・プリマヴェーラ』の草木の描き込みはため息が出るほどだ。
 ここには、他にはドメニコ・ギルランダーイオやフィレンツェ滞在中のロジェル・ファン・デル・ウェイデンやヒューホー・ファン・デル・フースの描いた絵があった。
 第十五室は「レオナルドの間」。若きレオナルド・ダ・ヴィンチが師ヴェロッキオの助手をつとめて成った『キリストの洗礼』、そしてレオナルド自身が描いた『受胎告知』という二大作品を展示している。ほかにも未完の『東方三博士の礼拝』も見ることができる。
ここまで来たところで16時50分に。まだ回廊の半分にも満たないが、もう時間切れだ。先を急ぐが、回廊の逆側はほぼ閉まっていたので、ラファエロの『ひわの聖母』を見ることはできなかった。友人に追いつき、外へ出る。

 サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂で友人の教え子くんと合流した。アッカデミア美術館でいろいろな彫刻を見てきていて、ミケランジェロの『ダヴィデ』の本物もたっぷり見てきたようだ。感想を聞いたところ、
「後ろも作ってあるんですね」
そりゃそうだろう。
といっても、ダヴィデのお尻の激写写真は見たことがない。普段写真で見るダヴィデ像(シニョーリア広場のレプリカ)は正面ばかりだしね。

 最寄のスポーツ用品店でフィオレンティーナとインテルのレプリカユニを買い(376,000リラ)、この日はカフェテリアで食べてミラノへと帰る。

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