ポタ…………ポタ…………
滴り落ちる血液。それは、[赤目指令]の形をした手に持てるサイズの銅像である。
はぁ…………はぁ…………
その銅像の置き物を手にした男は、目の前のセーラー服姿の女子高生の頭部から広がる赤い液体を見つめ、肩で大きく息をしていた。
「こんな……こんなことで………」
……こんな事で捕まりたくはない、我が輩が捕まってたまるか。真っ赤なベレ−帽を被った男の心拍数が更に上がり、思考が混乱する。誰か他の人物がやった事にしなくては……!その時。
「!!」
男の脳裏にある光景が蘇った。自分が此処に侵入する前、この部屋を出ていったピンクの胴着の男。
「そうだ、あれに………!!」
あの間抜けそうな奴に罪を着せてやろう。
男は、薄気味悪い笑みを浮かべた。
8月3日 地方裁判所・被告人第4控え室……
……ふぅ〜〜……緊張するぜ。
まだ年端も行かない印象の、おさげ頭が息を付いた。
「どうやら間に合った様ね」
唐突に、彼の背後から落ち着いた声が聞こえ、驚きに身体を跳ねさせて振り向いた。
「しょ、所長!すみません、わざわざ来てもらって」
そこには、ユンの上司である春麗弁護士の姿があった。歳を感じさせない美しさ、威厳を感じる雰囲気……法曹界でも一目を置かれる敏腕の女弁護士だ。
「そりゃぁ、可愛い部下の初舞台ですもの」
その彼女が、クスリと笑い乍らそう答えた。
ユンはこの年、弁護士になったばかりの新米である。まだ自分の事務所を持つ程の経験もある訳ではなし、今は春麗の弁護士事務所で助手として働いている。そのユンが、初めて自分が担当した事件で法廷に立つのである。
「どう?今の心境は?」
「こんな緊張したの、初めてHKCEE(香港の進級試験)受けた時以来だぜ」
「あら…それは、お久しぶりね」
ユンの性格からして、滅多な事では緊張はしないのだが、流石に法廷である。それだけに、自分に係ってくる責任も大きいのだ。
「でも、凄いわよ。初めての法廷で殺人事件なんて」
出来の悪い生徒に冗談めかすようにさらりと言うと、ユンは頭をかき乍ら答えた。
「いや、知ってるヤツなんだ、あいつ。ある意味、俺が弁護士になったのもあいつのお陰でもあるんだし」
「まぁ、それは初耳ね」
ユンがちょっと懐かしそうな目をして言う言葉とその様子に、春麗はきょとんとして答えた。その時
ばぁん!!
「おしまいだぁ!!」
どがッ!!
「もう何もかもおしまいなんだぁ!」
何かを叩き付けるような、叩くような豪快な音を立て乍ら騒ぐ声が聞こえて来た。春麗がそっちに目を向けると、そこにはピンクの胴着の男が暴れている様子が目に入ったのだった。
「あら……あそこで暴れているの、あなたの依頼人じゃないかしら?」
「そ、そうだな…」
周囲にお構いなく、そのピンクは騒いでいる。
「俺はもう死んでやるぞぉ!」
ユンは呆れた表情をして依頼人の方に歩み寄った。ピンクの胴着の男が控え室の椅子を叩きながら、興奮しきっていたのだ。肩に手を置かれて、ようやくユンに気が付いた男がゆっくり振り向いた。
「おい……」
「ユン〜〜〜………」
男は、滝壷の様な涙を流し、両の手を組んでユンを見上げてきた。
「有罪だぁ〜」
「は、はぁ?」
いきなりのその台詞にあっけにとられた。
「オレを有罪にしてくれ!死刑でもなんでも受けて、サッパリ死なせてくれ!」
「ど、どうしたんだよ突然……」
いきなりの事に状況を飲み込めないユンの肩にすがりつくように掴んで、ピンク胴着は続けた。
「駄目なんだよ、彼女のいないサイキョ−流道場なんて!」
もう、どう言い様がない程の状況だ。涙と鼻水とで顔がパックされている。
「一体、誰が彼女を……!教えろよぉ、ユン!!」
心からの叫びだ。しかし
……彼女を殺した犯人なぁ〜、誰って言われても……新聞にはお前の名前がばっちり書かれてるんだよなぁ
そう心で呟いた時、係員から開廷の連絡を受けた。
彼の名はリ−・ユン。3ヶ月前に弁護士になったばかりの新米だ。今回、初めて弁護人として法廷に立つ。
今回の事件は至ってシンプルなものだった……大廈(マンション)の1室で女子高校生が殺害された。逮捕されたのは、彼女を自分の道場の門下生にしようと何度もアタックを続けていた男・火引弾。しかし、ユンはこの男が幾らへっぽこな「サイキョ−流」の男だったとしても、殺人をするような輩でない事は良く知っていた。
だからこそ、この男の『完全無罪』を立証してやろう、と初の法廷の望むのだ。
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