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説 教


主任担任教師説教

 主任担任教師であられた北森嘉蔵牧師の説教は、既に北森牧師の退任記念として、
 『北森嘉蔵牧師 説教・講演集』  1996年2月11日 教会発行
そして50周年記念事業の一環としての教会説教集の編纂による
 『ガラテヤ人への手紙講解説教』  北森嘉蔵 1999年1月(教文館)
 『絶妙の真理』          北森嘉蔵 2000年5月(教文館)
が発行されている。
 この50年史では、北森牧師の説教を3編、熊澤牧師の説教を2編、担任教師の説教を各1編ずつ収録することとした。
 以下に掲載する北森牧師の説教は、創立20周年記念礼拝における説教、1998年5月新会堂献堂式の礼拝における説教及び1986年の逝去者記念礼拝での説教である。
 熊澤義宣牧師の説教は1996年就任以来の説教がすべてプリントされ、教会に保存されているが、ここでは就任直後の復活節での説教と、98年の復活節第2主日の説教を掲載する。


「教会創立20周年を迎えて」

北森嘉蔵牧師
1970年5月17日
詩篇 127.1−5

 本日はペンテコステ礼拝でございます。ペンテコステすなわち聖霊降臨日は、教会そのものの創立の日です。この日にわたしたちのこの教会も創立することを許されましたことを、深く感謝いたしたいと思います。創立20周年の記念の日を迎えるにあたりまして、ペンテコステのことを覚え、御言葉にしたがって申しのべたいと思います。
 本日は詩篇の127篇を選びました。「主が家を建てられるのでなければ、建てる者の勤労はむなしい」。この家はもちろん、神の家です。教会が建設せられるということは、一応わたしども人間が志をたて、決意をし、計画をたててなす業でございますが、しかしながら御言葉によれば、家が建てられる、神の家が建てられるということは、神ご自身によるのです。もしそうでなければ、教会を建てる者の勤労は、ことごとくむなしいと記されております。聖霊によって教会が建てられたということは、旧約聖書の言葉によりますと、このような形を取って表現せられることになります。
 わたしたちの教会も20年前に少数の方々が志を立てて、建設にたずさわったのでございますが、しかし、今改めてこの教会の建設が、主の御業であったということを覚えたいのです。もしそうでなければ、建てた者の勤労はことごとくむなしいと、御言葉は教えます。
 「主が町を守られるのでなければ、守る者の覚めているのはむなしい」。この町はいうまでもなくエルサレムの町のことです。すなわち、主の宮のおかれている聖なる都のことです。この詩篇は全体的に、この主の宮のある町が危機にさらされていることを背景としております。したがって今、宮のある町は守られなければならないのです。
 2節に「あなたがたが早く起きおそく休み」とありますのも、そういういわば戦時体制を予想して書かれているようです。けれども、神の都を守るということも、主が守りたもうのでなければ、守る者が覚めていてもむだなことであるというのです。教会が守られるということ、教会が危機にさらされているときに、教会が守護されるということにいたしましても、それは人間の業であるならばむなしいのです。主ご自身が町を守られるのでなければ、いっさいの業が、むなしいというのです。
 「あなたが早く起き、おそく休み、辛苦のかてを食べることは、むなしいことである」。わたしたちは、太平洋戦争のときに文字どおり辛苦の糧を食した記憶がございます。空襲にさらされて、よる夜中でも叩き起こされて、防空壕の中で夜を明かしたこともあります。それに類することが主の町についても起こるのです。神の都、主の宮はあるときにはやはり、このような戦時体制に追い込まれ、文字どおり教会は戦う教会となるときもありますでしょう。しかしながらその時にも、もし主の宮を守るということが人間だけの業であるならば、ことごとくむなしいと申します。これでむなしいという言葉が三度続けて出たことになります。
 「主はその愛する者に、眠っているときにも、なくてならぬものを与えられるからである」。これは、主が御業をなしたもうときの祝福をのべております。人間が朝早く起き、夜おそく寝て辛苦のかてを食べてもむなしいが、しかしながら主は、われわれ人間が眠っているときにも、必要なもの、なくてならぬものをお与えになります。これは主の宮が守られることについても同様でありましょう。神の教会を守る者が疲れはてて、眠りこけているときにも、主は自ら主の宮を守りたもうて、なくてならぬものをお与えになるのです。
 3節、4節は、子供のことが書かれていますが、これは主の宮の教会に後継者が与えられるということを示すとみてよいでしょう。「見よ、子供たちは神から賜った嗣業であり、胎の実は報いの賜物である。壮年のときの子供は勇士の手にある矢のようだ」。
 教会が世々地上に建てられますためには、その信仰を受け嗣ぐ者、いわゆる嗣業を賜らなければなりません。しかしながら、子供が生まれるということが天の恵みであるように、信仰の子供が生まれ、嗣業が与えられることも、全く人間の思いを越えていることです。人間わざではございません。そしてそこで育てられた子供たちは「勇士の手にある矢のようだ」と申します。文字どおり信仰のつわものが与えられるのです。今、幼い子供たちも将来は勇士の手にある矢のように、ますらおぶりに成長してゆくであろうというのです。
 「矢の満ちた矢筒を持つ人はさいわいである。彼は門で敵ともの言うとき恥じることはない」。門で敵ともの言うというのはどういう情景か、十分理解ができませんが、おそらくこれは日本の昔、名乗りをあげて戦うというようなことをいうのでしょう。エルサレムの町も外敵に襲われて城門の前に敵が押しかけていて、そうしてイスラエルの目が外敵とわたりあわねばならない、そういうときに、「敵ともの言う」という情景が起こります。こういう危機にさらされたときに、信仰の後継者を持っているエルサレムの民は「恥じることがない」。門で敵ともの言うことがあっても恥じることがない。恥じ慌てることがないというのです。
 これが127篇についての大体の説きあかしですが、教会はだいだいこのような祝福と、また、戦いとを経験してまいりました。わたしたちの教会も小さいながら、さまざまの経験をいたしました。そのことは、まことに感無量という思いがみなさんの中にもあるかと思います。しかし、究極的にはやはり感謝をするということが、教会に最もふさわしいことであるとわたしは思うのです。
 わたしたちは何10周年というようなときには必ず祝賀という言葉を用います。しかしながら、このお祝いということを人間的な標準で考えるのでなくして、やはりこの祝いということ、喜びということも、このような聖書に沿った所で考えていきたいと思います。祝賀というのは、人間的にももちろん考えることが許されるでしょうけれども、しかしながらやはり教会にふさわしい記念のしかた、祝賀のしかたは、ここに示されておりますように、神が家を建て、神が家を守り、神が率先して戦いたもうということ、その神の御業に感謝し、讃美を捧げることであると思います。

 祈祷を捧げます。
 教会のかしらにいます、主イエス・キリストの父なる御神よ。主の御霊が地上にのぞみ、教会がこの地上に建てられました大いなる日を覚えて、この礼拝を守ることを許されて感謝いたします。またこの小さな教会も、20年前の聖霊降臨の日に創設することを許されましたことを覚えて、感謝いたします。20年の間には、さまざまのとがとあやまちと怠りがあったにもかかわらず、主みずからこの教会を建て、これを導き、これを守り、今日にいたらしめたもうたことを覚えて、深くざんげと共に感謝を捧げる次第でございます。
 きょう午後、このことを覚えて、ささやかな集いを持とうとしておりますが、古き友を迎えて、どうかしばらくの時を意義深くすごすことをお許しください。
 感謝、祈り、主キリストの御名によってささげます。アーメン。


「教会献堂式における説教」

北森嘉蔵牧師
1988年5月22日
詩篇 27篇4節

 初めに聖書の一節を拝読いたします。旧約聖書の詩篇27編の4節、「わたしはひとつの事を主に願った。わたしはそれを求める。わたしの生きるかぎり、主の家に住んで、主のうるわしきを見、その宮で尋ねきわめることを」。
 ここでは、神がうるわしき御方として、表現されております。神のうるわしさということを詩篇は語っております。そしてその神のうるわしさは、どこで具体的に現れるかといいますと、神の宮で現れるというのです。
 ですから、きわめて自然に神と美というものが結びついているのが、この箇所でございます。しかしわたしたちとしては、はたして神と美とがそんなに簡単に結びつくものかどうか、思案に暮れるのではないでしょうか。言葉を換えれば信仰というものと美しさというものとがそう簡単に結びつくか、わたしたちは迷うのではないでしょうか。
 そこでひと言、信仰と美との関係について申し上げたいと思います。
 さて、わたしたちの信仰は、抽象的なものではなくして、一つの具体的な姿をとっております。それは救いということでございます。神は救いの神であり、わたしたちの教会は救いを宣べ伝える教会です。救いとはどういうことでしょうか。救いとは、わたしたちがこの世に生まれてから、今日に至るまで背負わされている数々の問題を解決してくれるおとずれです。これが救いでございます。
 神と美というのは、ちょっと考えますと、池を挟んでこちら側に信仰という岸があり、向こう側に美という岸があって、この間に横たわっている池は、なかなかジャンプできないように感じます。ところがこれからお話しいたしますことによって、こちらの岸と向こう側の岸との間に、いくつかの飛び石を置いてみたいと思うのです。そうしますと、その飛び石を伝って、向こうの岸にたどり着くのではないでしょうか。
 そこでまず信仰というものは、物事の解決であるということを確かめて、解決という事柄を飛び石のひとつとして、池の中におきます。そして解決というものはどういう性格を持っているかと申しますと、解決の持つ性格は調和ということではないでしょうか。問題というのは未解決であり、不調和でございます。それを救っていただくのですから、解決がわたしたちにもたらすのは、調和と秩序ということでございます。そこで二つ目の飛石として調和というものが置かれました。
 ここでちょっと変わったことを申し上げますが、以前湯川秀樹博士の講演を聴いたことがあります。その中で博士は、考え出された理論が美しいと、ものになりますということを言われました。美しくない理論はそのうちだめになるというのです。
 この話を思い起こしましたが、解決は調和であり、調和というのは秩序です。そしてその調和、秩序は美しさを持っているものです。解決、調和、そして調和の次に美というものがすぐそこに見えてくるのです。美は向こう側の岸でございました。しかし飛び石を飛びますと信仰というこちら側の岸から、向こう側の美という岸へたどり着くことができるということでございます。
 そして主の美しさは主の宮において具体化されると、われわれの言葉で言えば、会堂、教会堂というものが主の美しさを仰ぎ見る場所であるということでございますから、当然会堂は美しくなければなりません。
 今度でき上がりました会堂について、素直にご覧になって、やはりこの美しさという点では、ほぼご肯定いただけるのではないかと思います。
 ところで救いと申しましたけれども、キリスト教でいう救いというのは、独特の性格を持っております。それは救い主イエス・キリストが十字架につけられて死にたもうという、全くの不調和、未解決、矛盾を背負っているということです。救い主が十字架につけられたもう、ということほど矛盾したことはございません。どの宗教も考えたことがないことです。
 ところがキリストだけはまさに死刑囚となって、死刑台にのぼりたもうたのです。ですからこれは、救いの中に、解決の中に、未解決、不調和、矛盾が入り込んでいるということです。ですからキリスト教でいう美しさというものは、そういう契機を含んでいなければなりません。
 言い換えればギリシャ的な唯美主義とは違うのです。ギリシャ的な唯美主義というのは美しくあれば、万事が終わるのです。けれどもキリスト教においては、美しさというものが詩篇においても強調されておりますけれども、美が目的そのものであることはできないのです。完結した美になることはできないのです。  死刑囚になりたもうたお方を、わたしたちは讃美するのです。讃美が向けられる相手は最も醜悪な死刑囚として、十字架につけられた方です。このことを覚悟しなければ、会堂の美も吹っ飛んでしまいます。
 ご覧のとおりわたしたちの会堂の中央に十字架像が、ステンドグラスに嵌めこまれました。これはわたしの願いでございまして、これが完成したということはほんとうにうれしいことでございます。
 けれども十字架像は、決して美しいものではございません。これは死刑台です。その死刑台にかけられた人をわたしたちは讃美して仰ぐのです。けれどもこのお方以外に、世界の救い主はどこにもないというのが、わたしたちの信仰でございまして、徹底した矛盾、未解決、不調和を背負ったお方が、解決、調和、救いのもたらし主であるというのが、キリスト教の極意でございます。
 最後にもうひとつ申し上げたいことがございます。それは十字架が、顕わに十字架の形で現れたら、これは十字架のほんとうの救いにならないということです。十字架というのは、キリストがわたしたちのために払いたもうた犠牲でございます。犠牲というのはどういうことでしょうか。犠牲というのは、犠牲になったことがないかのように、なったときが犠牲なのです。わたしは犠牲になりましたよ、と言っているうちは犠牲ではないのです。それは恩を着せていることなのです。犠牲になった者は犠牲になったことを言わないのです。
 キリストは十字架からよみがえって、聖霊となって、この世界にのぞみたもうのでありまして、よみがえりたもうたキリストの霊としての聖霊は、もはや矛盾や、不調和を乗り越えて、解決そのものになっているのです。
 したがって、わたしたちのステンドグラスも、たいへんわかりにくいという感じをお持ちの方もいらっしゃるでしょうけれども、たとえば具体的に申しますと、衣を着たキリスト像というのは、ここ以外には見られないと思うのです。キリスト像というのは大体裸です。裸のキリストが流血りんりとして描かれるのでございますけれども、わたしたちの十字架像は、衣を着ておられます。
 そしてこの衣は、わたしの主観でございますけれども、鑑賞者のひとりとして、このキリストがまとっておられる衣は、何にいちばん似ているかというと、能楽の能衣装に非常に似ているのです。能で、かつて観世流の復活能というのを拝見したことがございます。キリストの復活を能で表現したもので見事な作品でした。そして復活という超自然的な人間の世界を超えた出来事は能によって表現するのがいちばん適当だと思いました。
 われわれのステンドグラスでは十字架像が、能衣装に類するような衣を着て描かれております。これは何を意味するかというと、十字架像が流血りんりたるリアリスティックのものではなくして、リアリズムを超えた一種のアブストラクトになっているということです。そのアブストラクトの極致が、キリストが衣を着ておられるということでございます。
 そしてこれは、わたしたちのためにキリストが払いたもうた犠牲が、ほんとうの犠牲であって、犠牲ということがないかのようになって、犠牲を払いたもうたということでございます。
 ところが、西洋の十字架像というのは、目にあまるような十字架像でございます。西洋流のリアリズムに徹した十字架像というのは、そういう結果になりかねないのです。ところがわたしたちにとっては、十字架というのは救いなのです。救いというのは、消化不良を起こすようなものであってはいけないのです。まことにわたしたちにとっては祝福でなければならない。その祝福を与えるお方は、流血りんりというような姿を乗り越えて、ある意味では、芸術的に表現すればアブストラクトの形をとることによって、十字架のほんとうの意味を示してくださるお方ではないか。
 これは十字架が突き抜けられて、闇を通って広野原という消息です。十字架は闇なのです。罪の赦しという山を越すためには、神様はトンネルをお通りにならなければならなかった。それがキリストの十字架です。ですからこれは真っ暗闇です。けれどもキリストの十字架がほんとうに救いになるのは、トンネルを通り抜けて、広野原に出てくださるからであって、ずっとトンネルの中にとどまっておれば、それはわたしたちにとっては針のむしろに座らされたようなものです。
 恩を着せるようなことはキリストは絶対になさらない。これが十字架からよみがえりの道であり、よみがえりから聖霊への道でございます。
 それを芸術的に表現するのには、どうすればよいかというと、リアリズムを超えて、一種の十字架像のいわば神学的な解釈がこの絵の中に具現化されていると思う次第でございまして、美しくできあがりました会堂の中にも十字架像という美を破壊するものがある、けれどもその美を破壊する十字架像は究極的には美であります。つまり恩を着せる流血りんりとしたようなリアリズムを乗り越えて、能に共通するような超越性をもってわたしたちの前に掲げられているということでございます。

 祈祷いたします。
 主イエス・キリストの御父なるまことの神。お許しを得まして、教会員一同の祈りと、関係者各位の協力に支えられまして、御前にこの新会堂を捧げることができますことをまことに深く感謝申し上げます。
 長らく不自由をかこっておりましたわたしたちの教会がようやくこのような会堂を与えられましたことを、ひたすらに主のご恩寵と感謝いたします。このために携わった関係者各位、協力いたしました教会員、また教会外の兄弟姉妹すべてに、主の祝福がゆたかにありますように祈ります。
 感謝、祈り、主イエス・キリストの御名によって捧げます。アーメン。


「逝去者をしのんで」

北森嘉蔵牧師
1986年11月2日
逝去者記念礼拝
ローマ人への手紙 8.1−11

 死後の問題、死後わたしたちの愛したものたちがどういうあり方をしているかということにつきましては、わたしたちの思いが最も自由に飛び翔けることのできる領域ではないかと思います。悪くいえば想像から想像へと飛び翔けて極まることがない、ということになりかねません。
 わたしたちはこの種の問題を考えるときに、徹底的にみ言葉に固着しなければなりません。聖書の言葉にしがみついて考えなければいけないのです。
 逝去者をしのぶにあたりましても聖書に固着してしのびたいと思いますので、まずローマ人への手紙の8章10節を取り上げます。「もし、キリストがあなたがたの内におられるなら、からだは罪のゆえに死んでいても、霊は義のゆえに生きているのである。」これが決定的なみ言葉です。これで十分です。しかしここに示されていることはどうしても必要なことです。
 ここで聖書はまず、からだと霊ということを申します。これはいかにもギリシャ的な霊肉二元論に似ておりますが、ギリシャ的な二元論は、人間が身体と精神とを二つ持って生まれてきているから、いつも精神と肉体との間に闘いがあるということを言うのですが、そういうことをここで言っているのではないのです。
 霊という言葉は救われた限りでの人間存在のことです。肉というのは救われ残している人間の存在様式のことです。これが二元的になっているのです。なぜこういうことになるかというと、わたしたちの救いは聖書によれば、罪の赦しによる救いでございますから、罪の赦しというのは罪がなくなって救われるのではないのです。罪が実在しているけれども赦されて救われるのです。
 そして次第に潔められていくことは、それに続いてまいりますけれども、わたしたちは洗礼を受けて信仰に入るときは、罪の赦しのバプテスマを受けるのです。罪の赦しが決定的でございますから、その結果としてこういう言葉になります。
 つまり罪が実在するままで赦されるのですから、罪の存続ということから言うと、わたしたちは救われ残す部分を持って救われているのです。それが赦された罪です。赦された罪というのは、なくなった罪ではないのです。罪はなくならないのです。
 その限りにおいては、人間は死んでいるもの、モルタルなものです。死ぬべきものとしての人間存在は、罪の担い手として、赦されてはいるけれども罪がなくなってはいない限りでの、わたしたちの存在様式です。それは死に征服されるのです。
 ところが罪が赦されて救われた限りでのわたしたちは、もはやいのちに直ちに入るのです。霊はいのちに入るのです。そのことの決定的なテキストとしては、ルカによる福音書の23章43節、つまりイエスが十字架につきたもうた時に、となりで十字架につけられた男性に向かって「きょう、わたしと一緒にパラダイスにいるであろう」と約束されました。
 世の終わりにではなく、「きょう」というのがイエスの約束でありまして、イエスによって罪が赦され、イエスによって潔くされた人間存在は直ちにいのちの世界に移されるのです。
 そのいのちの存在する場所を一応天国と申しましょう。ですから逝去者をしのぶ場合に、まず考えられのは昇天者、召天者という言葉です。天というのは救われた限りでの人間存在のいる場所でごさいまして、したがって天を仰いでしのぶということは可能です。しかしわたしたちの教会では逝去者という言葉を使ってほかの言葉を使いません。
 なぜかというと、もう一つの面があるのです。それは身体は罪によって死んだものであるという言葉です。これは墓の下に眠っているすでに死せる者たちです。これについてはテサロニケ人への第一の手紙4章13節、14節「兄弟たちよ。眠っている人々については、無知でいてもらいたくない。望みを持たない外の人々のように、あなたがたが悲しむことのないためである。わたしたちが信じているように、イエスが死んで復活されたからには、同様に神はイエスにあって眠っている人々をも、イエスと一緒に導きだして下さるであろう」。
 ここにはっきりと眠っているという言葉が使われております。ここから永眠者という言葉も出てまいります。ですからキリスト教でも、なくなった方たちのことを昇天と呼んだり、永眠と呼んだりいたしますが、これは両方とも不十分です。聖書の中にはすでに天に昇ったというテキストと、墓の下で眠っているというテキストと両方あります。眠っている人間存在とすでに天に昇らされている人間存在と両方あるのですから、それを総括して逝去と呼ぶことにこの教会では決めているわけです。
 キリスト教信仰では死者をしのぶときに、上の方を向くのですか、下の方を向くのですかと聞く人がいますが、わたしは上を向いて下を見なさい、両方やりなさい、それが聖書的だと答えています。
 救われ尽くした人間存在はすでに天に完全に入っているのです。死と同時に必ず天国に入ります。けれども、それならば遺体を粉にして太平洋の上にばらまいていいということには絶対になりません。遺体というものも終末を待って眠っているものですから大事にしなければならない。だから墓というものは非常に大事なのです。墓に参るということ、墓地を大切にするということは十分聖書的でございます。
 けれども墓に固着して下を見るだけですむかというとそうではない。天に上げられた救われ尽くした限りでの人間存在も、わたしたちによってしのばれなければならないわけです。
 ですからわたしたち自身にも訪れてくるであろう死は、このような両面性を持っていて、この両面を残りなく受け入れるということが聖書に固着しての死の問題の学び方でございます。聖書に固着すれば上を仰ぐことと、下を見てしのぶこととは両立するということになります。徹底的に聖書に固着するということに心を定めて逝去者をしのびたいと思います。

 祈祷いたします。
 とこしえよりとこしえまで生きたもう全能の神。今日は特別に、すでに世を去りました愛する者たちをしのんで礼拝を守っております。わたしたちは彼らの生命をあなたにゆだねて、御許に彼らがいることを確信いたします。けれども世の終わりが来るまでは、わたしたちの体は墓の下に眠っていることも、聖書によって示されます。そのことをもわたしたちは十分に認めた上で、望みをあつくすることができますように一人一人を導いてください。
 これからご遺族を囲んでしばらくの時を過ごしますが、交わりを深めることができますように御導きを祈ります。感謝と祈りを主イエス・キリストの御名によってみ前に捧げます。アーメン。


「キリストの復活」

熊澤義宣牧師
1996年4月7日
ダニエル書12.1−4
ルカ24.1−12

T

 わたしたちの千歳船橋教会の新しい年度の歩みは、今朝このようにして御一緒に捧げていますイースターの礼拝から始まりました。時間の中で営まれますわたしたちのすべての営みは、わたしたち一人びとりの個人においても、また、社会においても、変化を免れることはできません。わたしたちの教会においても45年間、主任担任教師として教会に仕えられた北森嘉蔵牧師だけではなく、並河光雄伝道師をも3月末でお送りして、わたしたちは感謝と共に、深い寂寞の想いを禁じることができません。
 このように変化を身にしみて感じさせられるこのような時にこそ、わたしたちは目をあげて聖書の御言葉が「イエス・キリストは、きのうも今日も、また永遠に変わることのない方です」(ヘブライ13・8)と告白している、あのお方を仰がなくてはならないでしょう。この御方にこそ、変わる世界において、永遠に変わらない真実があるのです。わたしたちに、今朝のイースターの主日において、聖書が力づよく告げ知らせてくれているメッセージは、まさしくこの永遠に変わることのないキリストの真実なのです。このキリストの真実、それこそがキリストの復活に他なりません。

U

 今朝のイースター礼拝で、先ずわたしたちに与えられている旧約聖書の御言葉はダニエル書12章1節−4節の箇所です。そこには次のように記されています。
(1)その時、大天使長ミカエルが立つ。
  彼はお前の民の子らを守護する。
  その時まで、苦難が続く
  国が始まって以来、かつてなかったほどの苦難が。
  しかし、その時には救われるであろう。
  お前の民、あの書に記された人々は。
(2)多くの者が地の塵の中の眠りから目覚める。
  ある者は永遠の生命に入り、
  ある者は永久に続く恥と憎悪の的となる。
(3)目覚めた人々は大空の光のように輝き、
  多くの者の救いとなった人々は
  とこしえに星と輝く。
(4)ダニエルよ、終わりの時が来るまで、お前はこれらのことを秘め、
  この書を封じておきなさい。
  多くの者が動揺するであろう。
  そして、知識は増す。
 黙示文学といった独特な文学形態をもちいて書かれているダニエル書には、イスラエルの運命が展開されていますが、その11章の終わりのところで、イスラエルの王アンティオコスW世の孤立無縁な最後が「しかし、ついに彼の終わりの時が来るが、助ける者はない」(11.45)と述べられています。ここにはもうどうにもならない壁ともいうべきものが厳然とそびえ立っています。
 しかし、なおも死人の復活の希望があるのだ、とダニエルは預言しているのです。「あの書」、すなわち、神の生命の書にその名前を記されている人々は、地の塵の中に眠った多くの者が目覚めることが示されています。もっとも、その中には永遠の刑罰として、恥と憎悪の的になる者もいると言われていますが、しかし、より積極的にはどのような迫害にも屈することなく、その生命をも惜しまないで、おおくの者を救った者は、大空の光のように輝き、永遠の生命に入って、とこしえに星と輝くとのべられていることが注目されます。
 ここにダニエル書のメッセージがあります。このダニエル書のメッセージを裏づける具体的な出来事こそが、イエス・キリストの十字架と復活に他なりません。

V

 わたしたち人間は、アンティコスW世のように、だれでも「しかし、ついにその終わりの時が来るが、助ける者はない」孤立無縁の運命を、その罪の結果として担っています。この助ける者のいない、わたしたちの絶対絶命の窮境を神が憐れんで介入して下さったその愛の事実が、御子イエス・キリストが人として生まれ、十字架と復活を通して救いへの道を開いて下さった出来事なのです。
 今朝、わたしたちに与えられている新約聖書のルカ福音書24章1節−12節までには、この《キリストの復活の告知》が示されています。復活はすべてわたしたちに告知されます。それはわたしたちが考え抜いて、思弁に思弁を重ねて到達するようなものではありません。それはわたしたちが元来、自分の内にもっていない、まったくただ神の方から告知されるメッセージなのです。
 この復活の告知は、週の始めの日、つまり、日曜日の早朝、マグダラのマリア、ヨハナ、ヤコブの母マリア、その他の婦人たちに、墓で、輝く衣を着た二人の人、神の御使いから告げられます。順を追って、聖書の御言葉を御一緒に味わいましょう。
(1)そして週の初めの日の明け方早く、準備しておいた香料をもって墓に行った。
(2)見ると、石が墓のわきに転がしてあり、
(3)中に入っても、主イエスの遺体が見当たらなかった。
 この記事の直前では「イエスと一緒にガリラヤから来た婦人たちは、ヨセフの後について行き、墓とイエスの遺体が納められているありさまとを見届け、家に帰って、香料と香油とを準備した」とありますので、彼らは日曜日の早朝、その時に準備した香料などをもって、遺体の処理をするために墓に行ったわけです。ところが、確かにあったはずの主イエスの御遺体が影も形もありませんでした。 ここで彼女たちは“イエスさまは甦ったのだ”と思ったでしょうか。いいえ、そうではありませんでした。主と一緒に旅をし、十字架の苦難の後には復活するということを何回も主からじきじきに聞いていたはずの、これら婦人たちも、遺体がなくなっていることと、復活とを結びつけて考えることはできないで、途方にくれたのでした。
(4)そのために途方に暮れていると、輝く衣を来た二人の人がそばに現れた。 
(5)婦人たちが恐れて地に顔を伏せると、二人は言った。「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか」。
(6)あの方は、ここにはおられない。復活なさったのだ。まだ、ガリラヤにおられたころ、お話になったことを思い出しなさい。
(7)人の子は、必ず罪人の手に渡され、十字架につけられ、三日目に復活することになっている、と言われたではないか」。
(8)そこで、婦人たちはイエスの言葉を思い出した。
(9)そして、墓から帰って、11人とほかの人皆に一部始終を知らせた。
 彼女たちがどうしたらよいのかと途方に暮れたのは、折角、遺体の処理をしようと用意までしてきたのに、その遺体が見当たらなかったからです。そこに天使が二人現れて、主の復活が告知されます。二人というのは、ユダヤでは二人の証言が一致して初めて真実だと認められたからです。ここではその意味で、まことの真実が証言されたのです。「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか。あの方は、ここにはおられない。復活なさったのだ」という御使いの言葉がキリストの復活を告知します。
 イエスの遺体が、十字架から下ろされてから、日の暮れる前に急いで墓に納められました。日没と共にユダヤの安息日が始まり、一切の葬りの行為は出来なくなるので、事は急がなくてはならなかったのであり、遺体の処理が十分に出来なかったことが、婦人たちには気がかりで、安息日あけを待って、日曜日の早朝に墓に駆けつけたのもそのような理由によるのです。この墓は、アリマタヤのヨセフが提供した、岩を横にくりぬいた横穴式の墓でした。
 わたしが最初に聖地を訪問したのは、もう今から20年も前のことでした。人が一人やっとくぐり抜けることが出来るような入口を、頭をぶつけないように気をつけながら注意しながら入りますと、岩を削って作った遺体安置所に、大きなローソクが灯され、黒い僧服に身を包んだ東方教会の神父が、わたしにどこから来たのか、と聞いて、折角、遠いところから来てくれたが、と言って、しっかりと握手をしながら語ってくれたのが、この御使いの言った言葉でした。
 婦人たちは在世中の主の御言葉を思い出すようにうながされ、なぜ主の遺体がここにはないのかを示されます。婦人たちは早速この事を使徒たちに話しますが、その反応はあまり積極的ではありません。(10b) 婦人たちはこれらのことを使徒たちに話したが、(11)使徒たちは、この話がたわ言のように思われたので、婦人たちを信じなかった。(12)しかし、ペトロは立ち上がって墓へ走り、身を屈めて中をのぞくと、亜麻布しかなかったので、この出来事に驚きながら家に帰った。
 復活とは告知される事柄だ、という点では、使徒たちも、現代のわたしたちもまったく同じです。昔の人は、科学的には現代よりも単純であったし、主イエスとの特別な関係があったので、復活をすぐにも信じただろう、などと勝手に思ってはなりません。神の告知と人間の信仰、というその関係は聖書でも現代でもまったく同じなのです。
 でも、ある意味では、わたしたち同然に疑い深く、いい加減だった使徒たちですが、やがて復活の証人として命をかけるように成長していったのです。その成長はわたしたちにもまた約束されているのです。
 さらに、この婦人たちのことを考えて見ましょう。彼女たちは主イエスとの過去の想い出に固執していました。想い出こそ彼女たちにとってはすべてといってもよかったでしょう。そこで遺体への特別な思い入れがなされたのです。これらの婦人だけではなくて、わたしたちもまた親しい者との死別の悲しみを、その過去の想い出に固執することによって紛らわせたいと思うのは、むしろ自然なこととも言えましょう。
 しかし、キリストの復活は、そのような過去への執着から、将来へと、わたしたちの思いを解放します。復活信仰とはその意味では過去からの解放なのです。「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか」という復活の告知は、なぜ、過去を振り向いてばかりいるのか、目を将来へ向けなさい。主は生きてそこにおられる、と告げているのです。

W

 皆さんは、もしも、キリストの復活がなかったら、ということをお考えになったことがあるでしょうか。キリストの復活がなくっても、わたしは聖書の中にある色々なお話は好きだし、讃美歌やキリスト教の美術も嫌いじゃないから、それだっていいのだ、という人もあるいはいるかも知れません。
 現にユニテリアン、日本では自由宗教連盟と呼ばれている人々がいます。その人々はキリストの処女降誕も、奇跡も、復活も認めません。つまり、キリストが普通の人間以上の神の子だということは認めないのです。キリストは人間の中では一番すばらしい方であったので、キリストを尊敬はしますが、信じることまでは致しません。従って、人間イエスはどこまでもすばらしい人間としてわたしたちの模範ですが、わたしたちの主ではないのです。復活を認めないキリスト教、あるいは、キリスト教まがいもないわけではありません。
 しかし、ユダヤ教からキリスト教への劇的な改心を遂げたパウロはこう言っています。「キリストが復活しなかったなら、わたしたちの宣教は無駄であるし、あなたがたの信仰も無駄です」(Tコリント15・14)。肝腎要という表現がありますが、キリスト教信仰にとってこの肝腎要なことこそが、キリストの復活ということなのだ、と聖書は告げているのです。
 パウロが「キリストが復活しなかったなら」何もかも《無駄である》と断定しているのは、罪やその結果としての死の支配は、とどめを刺されることがなく、わたしたちはいつまでもその支配のもとで、「遂に終わりの時が来るが、助ける者はない」、敗北の人生に甘んじなくてはならないからです。
 一つのたとえで考えて見ますと、罪や、死はいわゆるマイナスの符号です。わたしたちの人生で、この世の名誉であれ、財産であれ、社会的な地位であれ、たとえ、どのようなプラスがあったとしても、その締めくくりのカッコの外側のところにマイナスの符号がついていたら、全部がマイナスになってしまいます。だれもそのようなものをもってお墓の中に入るわけではありません。わたしたちは、せいぜい、そうです、せいぜい、墓石の表面にこの世の栄誉を刻みつけることぐらいしかできません。しかし、そこまでで終わりです。その後は死の支配に引き渡されてしまうのです。
 キリストの十字架は、人間の罪と死といったマイナスを、すべて身代わりとなって御自分の身に引き受けた主の死というマイナスであり、キリストの復活は罪というマイナスを、身代わりの死というマイナスのゆえに、いわば、マイナスのマイナスという意味で、プラスに転じてくださった神の勝利の御わざに他なりません。
 この復活というプラスがなければ、わたしたちは永久に罪と死というマイナスのもとで、希望も喜びももたないで暗黒のもとにいなくてはなりません。復活がなければすべては無駄だということ、復活こそ肝腎要のことだ、というのはそのような意味なのです。これこそがもう決してマイナスにならないプラス、つまり、究極のプラスなのです。
 宗教改革の時代から広く用いられている『ハイデルベルク信仰問答』の最初の問い、第一問「生きているときも、死ぬときも、あなたのただ一つの慰めは、何ですか」が問題にしている《ただ一つの慰め》とはまさしくそのことなのです。この究極のプラス、ただ一つの慰め、罪と死に対するキリストの勝利の出来事を喜び、感謝しながら、そこに人生の土台をおくたくましい歩みへと、たくましく成長させていただく者となろうではありませんか。

 甦りの主、イエス・キリストの父なる神
わたしたちを愛し、わたしたちの罪の贖いのために御子の十字架と復活を通して、無償で永遠の生命への道を開いてくださり、復活の喜びにわたしたちをも加えてくださる御恵みを感謝いたします。どうか、あなたの御言葉の約束を主イエスの光のもとにしっかりと受け止め、わたしたちの心の目を開いてそれを悟り、復活のキリストを土台として生きる、たくましい信仰者として成長させてください。 わたしたちはこの後で、主の聖餐の恵みに与かろうとしています。主の復活を信じることが出来ず、失意と落胆にすごすごと都落ちしていたエマオ途上の弟子たちの目を、共に食事をなさった復活の主が開いてくださいましたように、どうか、主の聖餐に与かるわたしたちの目を復活の主に対して開き、喜びと力とに満ちたものとしてください。
 どうか、千歳船橋教会の新しい体制での新しい年度の歩みを導き、礼拝と讃美と伝道と教育と奉仕を通して主の御栄えを現す教会とならせてください。病める者に慰めと癒しを与え、迷う者に導きをお与えください。混迷の日本と世界とが、まことの希望であるキリストを土台として望みに溢れたものとしてください。甦りの主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

「生命のパン」

熊澤義宣牧師
1998年4月19日
出エジプト16.4〜8
ヨハネ福音書6.35〜40

T

 先週、わたしたちは御一緒にキリストの復活を記念し、感謝する復活祭(イースター)の礼拝をささげ、主の聖餐の恵みに与かることが許されて、感謝にたえません。
 高齢や、病気などのために、教会にお出でになってこのような聖餐式に与かることが、願いつつも難しい方々のために、その日の午後、近くの第一有隣ホームや会員の斉藤まつ子さん、また、わたしの東京神学大学時代に教会史の教授であられた恩師の福田正俊先生などのおられる第二有隣ホーム、さらにリハビリのために信原輝久さんがごく最近入られた西東京警察病院にうかがい、また翌日には北森嘉蔵先生のおられる高崎のベルジ箕輪にうかがって、共に主の聖餐に与かる訪問聖餐の時をもちました。わたしたちの教会の役員会が、このようなことのために十分の理解と支援とを与えてくださることをとてもうれしく思っております。
 教会の聖餐式の時に御一緒に歌う聖餐式の讃美歌「主の食卓を囲み」は、作詞、作曲は共に新垣壬敏(つぐとし)と言われるカトリックの方の手になるもので、この新垣さんの作曲した讃美歌は、今度の新しい『讃美歌21』には4つあります。わたしたちにはこのマラナ・タ(主イエスよ、来てください)(ヨハネ黙示録22・20)をくり返す、この新しい讃美歌も、次第に親しみを加えてまいりましたが、その最初のところでは次のように歌われるのは御存じの通りです。
  主の食卓を囲み、
  いのちのパンをいただき、
  救いのさかずきを飲み、
  主にあってわれらはひとつ。
 今朝はその中にも歌われております《生命のパン》にわたしたちの思いを集中したいと思います。

U

 主イエスの十字架の出来事の3日後、主は死者の中から復活され罪と死の勝利者であることをはっきりと宣言されました。当時の人々、弟子たちでさえも、そのことをすんなりと信じたわけではありません。12弟子のひとりであったトマスなどは、どうしても信じることはできないで、自分は主の傷口に手を触れて、たしかにそれがあのはりつけになった主イエスである、ということを納得しなくては、とても信じられないと主張しました。
 その懐疑心の強いトマスの前に立った復活のキリストは、トマスにわたしの傷口に手を入れて見よ、と言われました。そうしてお前は見たので信じたのか、見ないで信じるものになりなさい、と言われました。信仰とは、見ないで、信じることなのですから。
 たとえ、トマスほどではなかったでしょうが、12人の弟子たちや、ガリラヤからずっと行動を共にしてきた一群の女性たちも、十分に主の復活を信じることは困難であったと考えてもいいだろうと思います。
 聖書は復活の主イエスは、40日間、使徒たちと共に過ごしたと使徒言行録1・3で次のようにのべています。「イエスは苦難を受けた後、御自分が生きていることを、数多くの証拠をもって使徒たちに示し、40日にわたって彼らに現れ、神の国について話された。」
 復活の主が、弟子たちと共に過ごしたこの40日間は、彼らがキリストの復活を十分に確信して、大胆に勇気をもって、人々にそのことを証しする伝道者となるために必要な準備期間であったと言えましょう。
 最初の教会、原始キリスト教会はこのようにしてその10日後、つまり、復活の日から数えれば50日目に、約束の聖霊を天に帰られた昇天のキリストから注がれて、設立されたのです。これがペンテコステ(50日目の祭り、聖霊降臨祭)なのです。
 この日に設立された最初の教会では、信者の人々は「毎日ひたすら心を一つにして神殿に参り、家ごとに集まってパンを裂き、喜びと真心をもって一緒に食事をし、神を讃美していた・・」と使徒言行録では記しています(2.46以下)。 ここで「パンを裂き」と書かれていることが今日の聖餐式のことであり、「一緒に食事をし」と書かれてありますのが今日の愛餐会(アガペー)のことです。時々、だれでもが与かることができた愛餐会と、信者だけが与かった聖餐式とをごちゃごちゃにして、聖餐式にはだれでもどうぞ、と考えたり、実行したりしているところがありますが、それはこれらの二つのものを混同するところから起こっているのです。
 このように最初の教会にとってはパンを裂くこと、聖餐式は、40日間一緒に過ごした、あの復活の主の思いでを生き生きとしたものとし、その生命に与かり、その主が再び来られる再臨の日に思いを向けるマラナ・タのためにもなくてはならない行為でした。生命のパンに与かるこの聖餐式は、主キリストの復活の体である教会にとっては、その生命部分に属するものであったのです。
 カトリック教会や、聖公会などは、そのような原始キリスト教会の前例にならって、主の日ごとに、つまり、毎日曜日に、聖餐式を行っていますし、昨年、わたしが横浜の山手聖公会にお招きを受けてまいりました時に、その教会の集会案内に、聖餐式の曜日と時間だけが記されていて、礼拝やほかの集会の案内は記されていないのに驚いたことでした。
 しかし、たとえ、そのように、日曜日ごとに、聖餐式を行わなくなったにせよ、年数回のこの聖餐式において生命のパン、復活の主キリストの生命に与かることが復活のキリストの生命体としての教会の生命線だということには、何ら変わりはありません。今朝わたしたちに与えられている聖書の箇所は、教会をほんとうに生きた主キリストの生命体とする生命のパンについて語られている箇所です。

V

 旧約聖書の箇所は、出エジプト記16章4−18節におけるマナの供与の記事であり、新約聖書の箇所は、主がヨハネ福音書6章35−40節で主イエスが「わたしが命のパンである」といわれた箇所です。
 (4)主はモーセに言われた。「見よ、わたしはあなたたちのために、天からパンを降らせる。民は出ていって、毎日必要な分だけ集める。わたしは、彼らがわたしの指示どおりにするかを試す。(5)ただし、六日目に家に持ち帰ったものを整えれば、毎日集める分の二倍になっている」。
 (6)モーセとアロンはすべてのイスラエルの人々に向かって言った。「夕暮れに、あなたたちは、主があなたたちをエジプトの国から導き出されたことを知り、(7)朝に、主の栄光を見る。あなたたちが主に向かって不平を述べるのを主が聞かれたからだ。我々が何者なので、我々に向かって不平を述べるのか」。
 (8)モーセはさらに言った。「主は夕暮れに、あなたたちに肉を与えて食べさせ、朝にパンを与えて満腹にさせられる。主は、あなたたちが主に向かって述べた不平を聞かれたからだ。一体、我々は何者なのか。あなたたちは我々に向かってではなく、実は、主に向かって不平を述べているのだ」。
 (9)モーセがアロンに「あなたはイスラエルの人々の共同体全体に向かって、主があなたたちの不平を聞かれたから、主の前に集まれと命じなさい」と言うと、 (10)アロンはイスラエルの人々の共同体全体にそのことを命じた。彼らが荒れ野の方を見ると見よ、主の栄光が雲の中に現れた。
(11)主はモーセに仰せになった。 
(12)「わたしはイスラエルの人々の不平を聞いた。彼らに伝えるがよい。『あななたちは夕暮れには肉を食べ、朝にはパンを食べて満腹する。あなたたちはこうして、わたしがあなたたちの神、主であることを知るようになる』と。
 出エジプトの出来事は、神が歴史に介入して、イスラエルの民をエジプトの地から導き出して、彼らが神の民であることをはっきりと歴史の中で示す出来事でした。イスラエルが神の民である、という自覚は、それによってはっきりと確立されました。その神の介入が《紅海渡渉》であり、今わたしたちに与えられている《天からのパン》(マナ)が与えられた出来事です。エジプトからカナンの地に向かう途中で荒れ野をさまようことになった民の不平不満に対して神は応えて、夕暮れにはうずらの肉、朝には天からのパン、マナを与えて、その栄光を示されます。
 (13)夕方になると、うずらが飛んできて、宿営を覆い、朝には宿営の周りに露が降りた。(14)この降りた露が蒸発すると、見よ、荒れ野の地表を覆って薄くて壊れやすいものが大地の霜のように薄く残っていた。(15)イスラエルの人々はそれを見て、これは一体何だろうと、口々に言った。彼らはそれが何であるか知らなかったからである。モーセは彼らに言った。
 「これこそ、主があなたたちに食物として与えられたパンである。(16)主が命じられたことは次のことである。『あなたたちはそれぞれ必要な分、つまり、一人当たり一オメルを集めよ。それぞれ自分の天幕にいる家族の数に応じて取るがよい』」。
 (17)イスラエルの人々はそのとおりにした。ある者は多く集め、ある者は少なく集めた。(18)しかし、オメル升で量ってみると、多く集めた者も余ることなく、少なく集めた者も足りないことなく、それぞれが必要な分を集めた。
 その肉を食べることができるうずらは、春と秋の渡り鳥で、その時期にはシナイ半島の地中海岸に大量にいるそうです。
 マナは、マナ・タマリスクの灌木に由来する食べ物です。その葉を昆虫が刺すと出るその分泌物と樹液からできる球状のものが葉の表面にできて、それが地面にころがり落ちたものは夜気温が下がった時に集めることができますが、日中気温が上昇すれば溶けてしまいます。味は甘く、今日でもベドウィンは食べていると言われています。
 このマナが、普通には食べ物のほとんどない砂漠で与えられ、意図しないで集めてみたらちょうど必要な分だけぴったりあったこととか、その日の分だけ与えられて、翌日に残しておくことができなかった点などが、神秘に満ちていて、これこそ天からの恵みのパンと呼ぶにふさわしいものだと感じられたのでしょう。神の民のために、荒れ野においても神が天からのパン、マナを用意してその必要を満たしてくださったのです。

W

 この天からのパンは、新約聖書ではイエス・キリストのことだということが明らかにされます。今朝はそのことを与えられているヨハネ福音書6章35−40節を中心として見ていくことにいたしましょう。
 (35)イエスは言われた。「わたしは命のパンである。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない。(36)しかし、前にも言ったように、あなたがたはわたしを見ているのに信じない。(37)父がわたしにお与えになる人は皆、わたしのところに来る。わたしのもとに来る人を、わたしは決して追い出さない。(38)わたしが天から降って来たのは、自分の意思を行うためではなく、わたしをお遣わしになった方の御心を行うためである。(39)わたしをお遣わしになった方の御心とは、わたしに与えてくださった人を一人も失わないで、終わりの日に復活させることである。(40)わたしの父の御心は、子を見て信じる者が皆永遠の命を得ることであり、わたしがその人を終わりの日に復活させることだからである」。
 モーセは荒れ野で、イスラエルの民に、天からのパン、マナを示しました。「わたしは命のパンである」と明言されたイエス・キリストはただ命のパンを示しただけではなくて、命のパンそのものであることをはっきりと言われたのです。
 わたしたちは出エジプト記において、紅海渡渉とか、天のパンなどといった神の介入の跡を見ましたが、イエス・キリストは、そのような神の介入の証人であるだけではなくて、御自身が神の介入そのものであったのです。ヨハネ福音書は、その特色のある第一章のプロローグのところで、次のように言っています。
 (1) 初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。・・(14)言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。
 神であった言が肉となった、と言われているこの出来事は、神が肉体をとって人間となった、ということです。神が人間となったというこれこそが、水平の次元に対して、垂直の神の次元が、水平の人間の次元にまっすぐに交わり、介入した出来事が、神の子の受肉、つまり人間化ということなのです。かつてある教父がこの受肉を次のように言いました。
  神が人間となったのは、
  人間が神となるためであった。
 わたしたちは、あるいは、人間が神になる、という表現に何と傲慢なことか、と躊躇を覚えるかも知れません。神が人間になる、といういわば、上から下への神の介入は一体何のためであるのか、ということを、それはわれわれ人間が、永遠の命という神だけが与えることのできる至福に与かるためだったのだ、という意味で、下から上への招きとして表現していると言えましょう。原始キリスト教会で、パンを裂いて、信徒たちが分かち合っていたのもそのような至福にほかなりません。キリストはその十字架と復活を通してわたしたちに御自分を、命のパンとしてお与えになり、わたしたちをそのような至福へと招いておられるのです。復活のキリストの生命体である教会は、そのような至福の生命体なのです。この生命の至福は、訪問聖餐を通して、教会堂という建物の外にまであふれ出ることは大きな喜びです。このような至福に与かりうるような幸いを感謝し、一人でも多くの人々と共に与かる喜びを増し加えていただこうではありませんか。

   生命の主、イエス・キリストの父なる神
 今朝も主の復活の生命に溢れたこの教会にわたしたちをお招きくださり、主を礼拝し、至福の喜びを与えてくださって感謝いたします。わたしたちはまことにいやしい、朽ちるべきものですが、あなたはそのようなわたしたちに天からのパンをお与えくださり、生命のパンとしてこの世にこられた主イエスの生命に溢れさせてくださいましたことを感謝いたします。