日本基督教団 千歳船橋教会礼拝説教
2017年11月5日 降誕前第8主日、逝去者記念礼拝


聖書:コヘレトの言葉12:1〜2、テサロニケの信徒への手紙一5:1〜6
説教題:「目を覚まして生きる」

朴 憲郁(パク ホンウク) 牧師


  急ぎ早にひと年の時が流れ、思いがけない10月の二度の台風も過ぎ去って、秋の深まりを覚える11月に入りました、今朝私たちは、先に天国にお送りした、愛する人々を偲びつつ、生と死を司る神の御前で逝去者記念礼拝を捧げています。
 
  数年前の11月の逝去者記念礼拝の説教において、人生の移ろいやすさを描いた兼好法師の『徒然草』と旧約聖書の「コヘレトの言葉」のことをお話しし、その関連で宗教改革者ルターのコヘレト解釈をご紹介しました。今朝の聖書箇所の一つはコヘレトの言葉から選ばれていますので、はじめに、そのお話を振り返ってみたいと思います。
 
  無常観の文学と言われる兼好法師の『徒然草』は、万物は留まることなく移りゆくという仏教的な無常観を前提とした『隠者文学・隠棲文学』の一つとされていますが、日本的な精神性をよく言い表しているように思います。その第30段は、愛する人が世を去り、時が経つにつれて遺族や周囲の友人・知人から次第に忘れ去られていく無情さを謳っていることで、人々に知られています。
 
   今朝、信仰をもって尊い生涯を送った逝去者名簿を、お手元にお配りしました。私たちの感覚や記憶力から考えますならば、最近亡くなられた方のことはよく覚えており、その悲しみもまだ心の中に留まっていますが、逝去なさった年月が古い人ほど、さすがに私たちの記憶から遠のいていきます。親の跡を継いで子に譲るまでのほぼ30年を一世代としますならば、二世代を越えた故人を思い起こす人もほんのわずかになってしまいます。
 
   しかし、単に記憶が薄れていくという自然現象の問題ではなく、数世代に亘る生と死を巡る人間の係わりや営みを、もののあわれや無常観によって捉えるところに、兼行の優れた感覚が発揮されていると申せましょう。私たちが育ってきた精神土壌からしますと、あるいは肉的[人間的]感覚からしますと、私たちも随分と兼行に共感するところがあるのではないでしょうか。
 
   聖書を紐解いてみますと、その中にも人生の無情を強力に表現した文書があります。旧約聖書の中であまり読まれない文書に「コヘレトの言葉」と呼ばれる知恵文学の一書があります。前の口語訳聖書では「伝道書」と訳されていました。その文書がユダヤ教やキリスト教の歴史の中で余り読まれなかった理由は、12章という短い分量の作品だからと言うよりも、神への信仰が表明されていながら、それに優って余りにも厭世主義的あるいは刹那主義的な人生観がそこに包み隠さず吐露されているからであります。さらに、人生の無常を越えて、コヘレトには鋭い宗教的、人生哲学的な問いを巡る思想があります。コヘレトは、旧約聖書の伝統的な知恵が明らかにしようとしてきた秩序ある世界の存在を信じません。
 
  「コヘレトの言葉」の3章は、何事にも時があるとして、人生の節目ごとの時を次々と数え上げた後の9節で、「人が労苦してみたところで何になろう」と言い、さらに12〜13節では、享楽的な人生を送ることをこう主張します。「わたしは知った。人間にとって最も幸福なのは、喜び楽しんで一生を送ることだ、と。人だれもが飲み食いし、その労苦によって満足するのは、神の賜物だ、と」。さらに6章12節では、人生のむなしさをこう述べます。「短く空しい人生の日々を、影のように過ごす人間にとって、幸福とは何かを誰が知ろう。人間、その一生の後はどうなるのかを教えてくれるものは、太陽の下にはいない」と。
 
   ところが、信仰義認を唱えてプロテスタント・キリスト教を起こした宗教改革者のマルティン・ルター(二日前の10月31日が宗教改革記念日)は、新約聖書の中の「ヤコブの手紙」が<藁の書簡>だとして低い評価を与えたにもかかわらず、旧約聖書中の「コヘレトの言葉」については高く評価したのです。なぜでしょうか? それは、次の理由によります。ルターの観点からすれば、コヘレトは「隠された神」のもとで人生の大いなる謎の前に無力に立ち尽くす人間です。人生の意味に対する深い懐疑は、コヘレトのような理性的な立場からは答えられないのです。しかし、このような「自然的人間」の絶望は、福音の光に照らされます時に、克服されることができます。つまり、コヘレトがキリストへの道を備える書であり、キリストの確かな恵みに導く養育係の役割を果たしているという評価が、ここから来るのです。
 
   逆に申しますと、神なき世界がどれほど不確かで不安に包まれているか、あるいはイエス・キリストにおける神の真実を人生の基礎として据えない人生がいかにむなしいものであるかを浮き彫りにしている書が、コヘレト書であるということです。さらに、神なき世界における人間の愚かで享楽的な生き方を遠慮なく描き、そのような生き方が朝露のように消え去っていくものであることを語ります。
 
   例えば若者は青春時代を思う存分楽しむがよいと11章9節前半で進めます。こう語ります。「若者よ、お前の若さを喜ぶがよい。青年時代を楽しく過ごせ。心にかなう道を、目に映るところに従って行け」と。しかしそう勧めておいて、次に警告の言葉をこう添えます。「知っておくがよい。神はそれらすべてについて、お前を裁きの座に連れて行かれると」。
 
   このように戒める言葉を読みますと、コヘレトの言葉は、ルターが指摘するように、ただ「自然的人間」、すなわちあるがままの人間の絶望的状況を描くだけではなく、神の前に正しく生きる道を警告的に告げているのです。それが、今引用しました11章終わりの言葉に続く、今朝与えられたみ言葉の12章1〜2節であります。こう述べます:「(1節)青春の日々にこそ、お前の創造主に心を留めよ。苦しみの日々が来ないうちに。「年を重ねることに喜びはない」と言う年齢にならないうちに。(2節)太陽が闇に変わらないうちに。月や星の光がうせないうちに。雨の後にまた雲が戻って来ないうちに」。元に戻ることのない人生を生きて、あとで後悔しないよう、人は若い時から創造主を信じ仰ぎ、心の中心にお迎えして振舞いなさいと、勧めます。
 
   不意に襲ってくる不幸や災いに備えて、信仰と愛を胸当てとして着け、救いの希望を兜としてかぶって、身を慎むようにと戒める、今朝の新約聖書の第一テサロニケ書5章のみ言葉も、それに類似しています。迫りくる神の救いと裁きを前に目を覚まして厳粛に受け止めよと人々に警告しつつ、死と滅亡を乗り越える希望の言葉が、コヘレトにおいても第一テサロニケ書においても語りかけられています。こうして信仰的生き方への勧めが、日常的な譬えや事物や光・闇といった象徴を用いて説かれていますので、これらのみ言葉を、まずは一般的な教訓として解釈して受けとめ得ることを確認したいと思います。
 
   そこで、一般的な教訓や諺に置き換えますと、まずは「転ばぬ先の杖」となるでしょうか。わたしたちの日常生活は、あたりまえに続くようで、いつ何時、何がおこるか分からない、一寸先は闇のようなものです。人の口から出る不用意な発言が問題を引き起こすこともあります。ですから、この諺は肝に銘じるべき大事なことを言っています。例えば、スマホやパソコンが故障して動かなくなり、そのハードディスクに収めていた大切な写真や文字やデータが一瞬に吹っ飛んでしまった時、「ああ…何ということを!」と言って残念がっても、後悔先に立たず、であります。ですから予めバックアップしておくのは転ばぬ先の杖です。予知せぬけがや病気で健康を損なう前から何らかの保険に入っておくこともそうですし、いざという時にそなえる貯金も、そう考えられます。
 
   ですから、先のことを考えていない人でない限り、私たちは、何かしら転ばぬ先の杖というのをやっているとも言えるのではないでしょか。
 
  しかし他方で、この転ばぬ先の杖というのは言うは易く行うは難しであって、なかなかむつかしいことでもあります。不意のトラブルは落とし穴のようにそこかしこにあるのに、私たちはそれらの存在を気にせず、ずんずんと先に歩いているとも言えます。だから転ばぬ先の杖という諺は、何ら問題が起こっていない平和なうちに、思い出して実行するのが良いということでありましょう。
 
  類似した諺に、次のようなものがあります。1)備えあれば患いなし、2)後悔先に立たず、3)予防は治療に勝る、などです。
 
   さてこれらは、人生のこの世をより良く生きるための知恵であり、処世術であり、場当たり的に生きることをしないための人生訓として、人の心に刻むべきものでありましょう。しかしこうした賢明な生き方が、果たして死をもって現世主義が終わりを告げるのではなく、地上の生を乗り越える命の約束に対する信仰的な希望に繋がる備えとなるかどうかは、決して自明なことではありません。知恵を尽くしたこの世での労苦が報われず、死をもって終わるのでしょうか。愛する人との死別によって、すべての喜びか立ち消えて、孤独な老いを迎えるばかりなのでしょうか。死と孤独と罪を乗り越える永遠の命という神の祝福に至るための信仰的な道備えへとスイッチするきっかけとなり、「転ばぬ先の杖」「備えあれば憂いなし」という諺が有効に切り替えられて、用いられるのでしょうか。はい、またはいいえの如何は、神の前における私たちの信仰的な感覚と洞察と決断にかかっています。「転ばぬ先の杖」という人生訓が今申したように、死を乗り越えた永遠の命に至る信仰的な道備えとして、切り替えられるというのは、多くの場合、年老いてからでは困難であり、もう遅いのです。
 
  今年7月に百五歳の人生に幕を下ろした日野原重明医師が残した大きな功績の一つは、成人病を生活習慣病と言い換えて、若い年代の頃からの人間ドッグを奨励し、国民に健康管理のチェックを普及させたことでありましょう。食事の不節制、悪い生活習慣、不養生な健康管理が積もり積もって、年老いた頃の各種の病気を背負い込むのであって、それらが突然発生したのではないというのです。従って、年老いて病気が発生した後に治療するのは、決して容易ではないのです。
 
  それと同じように、人の凝り固まった人生観と価値観に基づく生き方は、人生の終わりに差し掛かって突然、信仰的な生き方に切り替わることは少ないのです。
 
  この世のもろもろのことをキャッチして判断する知恵には長けていても、イエス・キリストによる神の救いの御業には疎い人々が多いのです。この関連で私は、主イエスが、目に見える徴を求める不信仰な人々、とりわけ、当時のファリサイ派とサドカイ派の人々に向かってこう批判された言葉を思い出します。「あなたたちは、夕方には『夕焼けだから、晴れだ』と言い、朝には『朝焼けで雲が低いから、今日は嵐だ』と言う。このように空模様を見分けることは知っているのに、時代のしるしは見ることができないのか。よこしまで神に背いた時代の者たちはしるしを欲しがるが、ヨナのしるしのほかには、しるしは与えられない」。そして、イエスは彼らを後に残して立ち去られた。」(マタイ16:1〜4)。
 
   ある人々に教会の礼拝へのお勧めをし、キリスト教信仰を証してお招きをします。この教会近隣の方々にも、時々挨拶をして、そのお勧めをします。それに対して、こうお答えになります。いずれ参ります。会社を定年したら通わせていただきます、と。しかし多くの場合、それを実行することはありません。そして、人生の最後を迎えることになります。
 
   このところで、コヘレトのみ言葉はなおも私たちの間で鳴り響いて、信仰の目覚めを促します。1〜2節がこう語りかけます。「青春の日々にこそ、お前の創造主に心を留めよ。苦しみの日々が来ないうちに。「年を重ねることに喜びはない」と言う年齢にならないうちに。太陽が闇に変わらないうちに。月や星の光がうせないうちに。雨の後にまた雲が戻って来ないうちに。」
 
  先日、ある若い年齢の一人が、御子イエス・キリストの父なる神と共に歩む信仰を表明しまたので、今年のクリスマスに能登半島にある小さな教会の群れに加わってまいります。彼女は、青春の日々に、創造主を心に受け入れる決意をしたからです。私は先週末から数日間、北陸地方(金沢、石川、富山の三地区)の諸教会を回って、東神大後援会の講演をし、礼拝説教の奉仕をしましたが、その間にこの喜ばしい知らせを受けました。土曜日に(石川県)西田幾多郎記念哲学館を訪ね、その後、日本で唯一砂浜8kmのドラブウェイをもつ千里浜を自動車で走らせたあと、羽咋市の小さな教会に着きました。3教会合同の信徒研修会を開き、聖書絵画をプロジェクターでスクリーンに映して、お話をしました。それを終えた後の報告時間に、受洗決心者のお話を伺いました。北陸地方の大小の諸教会を訪れ、また関係者からお話を聞いて、気づいたことが二つありました。真宗王国と言われる旧加賀藩の石川県と隣の富山県のキリスト教徒数は、人口比1%どころか0.5%ほどだと言われますが、その中で昔北米からの宣教師たちによって蒔かれた福音の種が実を結んでいくつもの教会が設立されました。大小いずれであれ、教会はどこも歴史が百年から百二十年に及ぶところが多く、地域の伝統と時代の風説に耐えて、ここまで生き続け、世の光として証してきたということです。教会の歴史の重みを知りました。これが第一です。もう一つは、この地方の諸教会と伝道所の多くは、付設の幼稚園か保育園を経営しており、それによって地域への奉仕と伝道の機会としているということです。確かに、これらによって、地域住民から一定の信頼と評価を得て根づいていることは、幸いなことであります。それに加えて、北陸で唯一幼稚園から大学までキリスト教主義の北陸学院があることも、その一翼を担っていることは確かでありましょう。本教会員の丸山久美子姉妹が近年5年間、当学院の大学で勤務されたことを思い起こします。
 
  しかし、伝道的な観点から申しますと、信仰的な決心による受洗にまで導かれる数は少ないのです。
 
  そのような中で、北陸学院中学校に通う一人の女子学生が一人の良き聖書科教師の導きを受けつつ、高齢者の多い羽咋教会の群れに入って受洗の決意を自分でしたのです。何と喜ばしく、麗しいことでしょうか。これは、大きな時代的、地域的な隔たりを超えて、コヘレト12章の言葉の勧めに応えたささやかな、しかし天に響き渡る喜びの出来事であるに違いありません。
 
  今朝もう一つ与えられました第一テサロニケ書5章1節以下には、先ほども触れましたように、闇ではなく光の子らとして、終わりの日に備えるように促しています。不意に襲ってくる不幸や災いに備えて、信仰と愛を胸当てとして着け、救いの希望を兜としてかぶって、身を慎むようにと戒めています。
 
  聖書の証言によれば、個々人の人生に初めと終わりがあるように、人類の歴史にも初めと終わりがあるのです。無限ではなく有限です。永遠は神の御手にだけありますから、人間の現在を無限の過去と無限の未来に引き延ばした時間の延長が永遠である、ということではないのです。
 
  光の子らにとって終わりの日は、救いが完成する喜ばしい目標であり、そこに希望をおきます。それとは反対に、いまだ神に背を向けて物欲・肉欲に眠りこけ、酒に酔ったように争いや不義を繰り返す闇の子らにとっては、終わりの日は神の義による突然の裁きと滅びであります。終末は確実に突然訪れます。
 
  正義と不義を公正に峻別し、救いと裁きをもたらす御子キリストがまもなく再臨なさることを、テサロニケの信徒は光の子らとして、指を数えて待ち望んでいました。それは、次のオリンピックを待ちわびるのに優る切迫した再臨待望の信仰です。彼らは、自分の人生の終わりを意識しつつ、民族、国家、人類の歴史がいつか終わりを迎えることと、それに備えることを知っている人々です。
 
  第一テサロニケ書5章3節の前半で、「無事だ、安全だ」と言っているそのやさきに、突然、破滅が襲うのだと、警告している通りです。
 
  盗人が夜やってくるように、主の日は突如襲ってくるので、問題は、いつ主がお越しになってもよいように、信仰と愛の胸当てを着けて心を整え(5:8)、目を覚まして、光の子にふさわしく慎んで歩みなさいと、使徒パウロは勧めるのです。
 
  私たちは、愛する人々が地上の生を終えて召された神の国の到来を待ち望みつつ、地上の生を光の子らしく歩んでまいりたいと思います。