北森嘉蔵牧師 記念礼拝(葬儀) 説教

熊澤義宣牧師


 北森嘉蔵牧師、あるいは北森嘉蔵教授、北森嘉蔵博士、北森嘉蔵先生。いろんな呼び方をできるお方ではありますが、それも全部包括して教会における葬りの式では北森嘉蔵牧師と呼ばせていただきたいと思います。
 北森嘉蔵牧師は式次第の後ろに載っております略歴でご覧いただきますように、1916年、82年前に熊本にお生まれになり、旧制の第五高等学校を卒業なさった後に、ルーテル神学校に学びました。第五高等学校に入学されました時に、北森牧師は初めて聖書と出会うわけであります。16歳の頃であります。16歳の北森少年が聖書を読み始めた動機は、人生における偶然性という事柄であった。自分が生まれてきたのも偶然であり生きていくのも偶然であり死ぬのも偶然だ。人生すべて行きあたりばったりだ。何も確かなものはない。この問題にぶつかって北森少年は聖書をひもとくようになったわけです。
 そして何一つ確かなものはないというこの偶然性の不安からあるいは恐怖から救い出されるために聖書の中にあります、イエスの言葉でありますが、「あなたがたの頭の髪の毛までもみな数えられている。だから恐れるな」という、福音書にあります主イエスの言葉が一つの突破口を与えたと言われております。別の言葉で表現いたしますなら「神の摂理」の信仰であります。しかしこの摂理の信仰は色々問題があるということに北森少年はやがて気が付くわけであります。
 第五高等学校を終え、日本ルーテル神学校に更に進み、その動機となりましたのはその時日本ルーテル神学校の校長でありました佐藤繁彦博士を大変慕っておられたということでありますが、そういう神学の学びに更に取り組んでおられる中で、摂理の信仰は何かが足りない。抜けているということに気が付くわけであります。つまりこちら側に私がおり、あちら側に神様がいて、その神様が私を愛してくださる。神様と私との間には何にも問題がなく、いわば直接に会い接している。この直接性が神と私の関係であるとすればそこにはキリストが入ってくる余地がないではないか、という問題であります。摂理の信仰はキリストぬきの直接性の信仰である、ということであります。
 北森牧師はこの千歳船橋教会の長年の伝道牧会を終えるにあたって編纂されました記念の文集『主と共に』という文集の中に「神の痛みの60年」という文章をお書きになっております。その文章によりますと、「当時の私にとって一番じゃまであったのはクリスマスだった」と書いておられます。キリストぬきのキリスト教が願わしかった、だからキリストが入ってくると邪魔だった。それが北森少年が聖書と出会って得た摂理信仰の問題点でした。そして更に日本ルーテル神学校に学びこの問題に深く沈潜するにおよびまして北森先生の「神の痛み」という独自のしかも大変深い次元の事柄がはっきり形をとって参ります。そのことは日本ルーテル神学校の卒業論文『キリストに於ける神の認識』に実にはっきりと書かれているわけです。
 この「神の痛み」ということは神と私との間に何か問題がないのではなくて、実は大変大きな問題がある。その問題を越えて神が私を愛してくださるということであります。それを北森牧師は神の痛みと表現されたわけであります。そして神の痛みを私たちが理解するための最も適切な聖書の言葉の一つとして先程読まれました、旧約聖書のエレミヤ記31章20節をあげておられます。
 文語訳に北森先生は固執なさったんです。その中に「ここをもてわがはらわた彼のために痛む」と書かれています。「わがはらわた彼のために痛む」これこそ痛みを内包する神の愛なのだと北森牧師ははっきりとおっしゃっております。ご承知のように聖書は何回か翻訳しなおされた今日の至っております。文語訳聖書の後に私たちは口語訳聖書として親しんでおりますものが出されました。1950年代だったと思います。そのエレミヤ書のこの箇所に翻訳については北森牧師は大変厳しい批判をしておられます。それは決して語学の問題ではなくむしろ神学的な問題なんだ、そのような訳では神学的に問題があるんだ、ということを主張しておられるわけでございます。
 神の痛みの神学という著書の中に聖書のいろいろな箇所が引用されておりますが、一番数多く引用されておりますのがこのエレミヤ記31章20節であります。あまり大部な書ではない『神の痛みの神学』の中で実にこのエレミヤ記31章は23回引用されています。その一ヶ所で北森牧師はこうおっしゃっております。
 「エレミヤ記31・20こそそのまま十字架の真理に相応するものなのである。そして十字架の真理の性格を示すものとして、これ以上の表現は絶対に他にあり得ない。このテキストを挙揚することは、私にとってはもはや任意の事柄ではなくまさに責任の事柄である」
 そしてその後私たちは新共同訳聖書の時代に入っていきます。新共同訳聖書のほうがまだましに思うと北森牧師はおっしゃっておられたようですが、なんと言っても文語訳が一番ぴったり十字架の真理、痛みを伴う神の愛をあらわすのにふさわしい箇所であるということが北森牧師の確信であったようであります。
 新約聖書のローマの信徒への手紙6章の3節から13節までをやはり朗読をしていただきました。この箇所は北森牧師がこの教会で牧会をしておられましたが教会員の一人、林千丈兄が危篤の病床に横たわっていた時に当時伝道師をしておられた並河光雄伝道師に病床でこの聖書の箇所を読んであげなさい。そう言ってそれを托された聖書の箇所でもあるのですが、この中には11節の箇所でございますが、このようにあなたがたも自分は罪に対して死んでいるがキリスト・イエスに結ばれて神に対して生きているのだと考えなさい。罪に対して死んでいるけれどもキリスト・イエスに結ばれて神に対して生きているのだと考えなさい。というふうに述べられております。
 ほとんど同じような言葉を私たちはパウロのもう一つの代表的な文章であります「ガラテヤの信徒への手紙」の中に見いだします。その2章の19節であります。実は北森牧師はこの千歳船橋教会に在任中「ガラテヤの信徒への手紙」の講解説教を約1年余にわたってなされました。1974年から5年という期間であります。それが近々教文館から出ることになっておりまして、先生にそれを見ていただくことができなくて残念でしたが、その中に2章の19節のところに関してこのように述べられております。
 一九節に帰ります。『わたしは神に生きるために、律法によって律法に死んだ。わたしはキリストと共に十字架につけられた』。『キリストと共に十字架につけられた』。これは『共に』ですから神秘的な状況です。けれども『共に』生きているという簡単な言葉ではございません。『共に十字架につけられた』のです。なるほど合体し、合一しておりますけれども、しかしその合一の場は『十字架』そのものであります。十字架において、パウロとキリストとは一体になっている。これがきょう学びたい真理でございました。
 ちょうど今から4年ほど前1994年の北森牧師が教会の文集に書かれた短いエッセイが残されております。それは北森牧師らしく私たちの意表を突いたような文章でございます。それは「細工は流々、仕上げはごろうじろ」という昔から私たちが聞きなれている言い回しについて書かれた文章でございました。「細工は流々、仕上げはごろうじろ」というのは職人の親方が自分の仕事にはなはだ自信を持ってそのことを言いあらわそうとした表現だと考えられますけれども、北森牧師はこの言葉は日本における新しい神讃美の言葉としても用いられるのではないかと感想を述べておられます。それが北森牧師の新しい着眼点でありました。しかもそのような神讃美は濃密な神讃美であるという表現でおっしゃっておられます。
 今日北森牧師の葬りの式におきまして私たちは82年7ヶ月にわたります北森牧師の地上の歩みを一人一人の胸の中に刻みつけながら「細工は流々、仕上げはごろうじろ」という濃密な神讃美の思いに誘われるのではないでしょうか。先程のガラテヤ書の講解説教の箇所の後に祈りの言葉がつけられておりますが、その祈りの言葉に私たちも合わせてこの時を終えたいと思います。北森牧師の祈りでありますが私たちの祈りとしてこれを捧げたいと思います。祈ります。

「神もキリストもはるかかなたに、あるかなきかにたたずんでいたもう如き思いにかられます。もはやわれ生くるにあらず、キリストわが内にありて生きたもう、との信仰をどうか御霊の力によって、わたしたち一人一人のものとしてくださいますように。 アーメン」