北森神学とは何か
─その形成、意義、展開─

はじめに:
   1)北森神学のプロフィル :

北森神学について

 佐古純一郎の言葉をかりていえば,キリスト教が日本の社会で市民権をもつために決定的な貫献をなした人物。しかし、さらにそれに加えていうことが許されるとすれば,日本の神学が世界のキリスト教界において市民権をもつために決定的な貢献をなした人物であるといえよう。その早熟はすでに定評がある。五高在学中にルーテル教会で受洗,佐藤繁彦をしたって大学へ行かずに日本ルーテル神学校に入学直後にその死に会い,卒業後京大にすすみ、在学中に『十字架の主』を公刊し、すでに学生時代にその基本構想を発表した『神の痛みの神学』が出版されるに及んで段後思想界に脚光をあびて登場、三十歳の時である。包むべからざる罪人を包む、神の痛みに基礎づけられた愛こそ、直接的な愛(律法)をこえた十字架の愛(福音)であって、バルトは〈包む〉契機を欠落し、近代神学は〈痛む〉契後を見失なっていると批判される。久しくバルト神学の支配下にあったわが国で、初めてバルト批判の調べが響きはじめ、欧米神学の紹介の段階をこえて主体的な日本の神学の時代が始る。
 『神の痛みの神学』は販を重ね,すでに吉典的名著として取り扱われ,英訳,ドイツ語訳が刊行、さらに1975年(昭50)にはスペイン語訳,イタリア語訳も相次いで刊行され,マイケルソン,モルトマン等欧米神学者の注目するところとなっている。
 ルーテル教会の教団離脱後も教団にとどまり、包むべからざるものを愛し包む、神の痛みの神学は合同教会の神学として頁献し、合同教会の信仰告白をうみ出す原理とも見られ、包むべからざるものは排除すべきであるという告発の嵐の中では,もっとも深く傷つきつつ,合同の内実の達成を希求するものとなっている。
熊澤義宣(『神学』45号、北森嘉蔵教授検献呈論文集)

   2)北森嘉蔵略歴:

1916年 熊本市に出生
1935年 旧制第五高等学校文科卒業
1938年 日本ルーテル神学校卒業
1941年 京都帝国大学文学部哲学科卒業
1942年 京大文学部副手となる
1943年 日本東部神学校(後の東京神学大学)助教授となる
1949年 東京神学大学教授となる
1962年 京都大学より文学博士の学位を授与される。
1984年 東京神学大学教授を引退。同大学名誉教授、名誉神学博士となる。
1996年 1950年来、牧会をしていた日本基督教団千歳船橋教会牧師を引退、名誉牧師となる。

   3)北森嘉蔵著書目録:

番号書 名初版年発行所
  1『十字架の主』─教義学のための覚書─昭和15(1940)年新生堂
  2『神学と信条』昭和18(1943)年長崎書店
  3『神の痛みの神学』昭和21(1946)年新教出版社
  4『福音の性格』昭和23(1948)年西村書店
  5『神と人間』昭和24(1949)年創元社
  6『救済の論理』─キリスト教入門─昭和25(1950)年創元社
  7『今日の神学』─近代より現代ヘ─昭和25(1950)年弘文堂
  8『マルティン・ルター』昭和26(1951)年弘文堂
  9『神』昭和28(1953)年創元社
 10『聖書入門』昭和29(1954)年河出書房
 11『日本基督教団信仰告白解説』昭和30(1955)年日本基督教団出版局
 12『バウロ書簡講話』昭和30(1955)年河出書房
 13『幸福』昭和30(1955)年N.C.C.文書事業部
 14『聖書ところどころ』昭和33(1958)年教文館
 15『愛と憎しみについて』─福音的実存─昭和33(1958)年教文館
 16『現代人とキリスト教』昭和34(1959)年弘文堂
 17『神学入門』昭和34(1959)年新教出飯杜
 18『宗教改革の神学』昭和35(1960)年新教出版社
 19『神学的自伝』昭和35(1960)年教文館
 20『対話の神学』昭和37(1962)年教文館
 21『私の人生輪』昭和38(1963)年教文館
 22『聖書講解氈x─エペソ書・ビリピ書─昭和39(1964)年昌美出版杜
 23『聖書講解』─出エジプト記─昭和39(1964)年昌美出版杜
 24『聖書百話』昭和39(1964)年筑摩書房
 25『人間と宗教』昭和40(1965)年東海大学出版会
 26『愛おける自由の間題』昭和41(1966)年東海大学出版会
 27『コリント人への第一の手紙』昭和41(1966)年日本基督教団出版局
 28『日本のキリスト教』 昭和41(1966)年国際日本研究所
 29『神学的自伝』昭和43(1968)年教文館
 30『愛憎無限<ダビデの生涯>』昭和43(1968)年教文館
 31『キリスト教入門』昭和44(1969)年筑摩書房
 32『現代と神の痛み』昭和45(1970)年弘文堂書店
 33『聖書の読み方』昭和46(1971)年講談社
 34『日本の心とキりスト教』昭和48(1973)年読売新聞社
 35『旧約聖書物語<歴史に働き給う神>』昭和48(1973)年読売新聞社
 36『福音の急所』昭和51(1975)年金沢教会長老会
 37『自乗された神』昭和53(1981)年日本之薔薇社
 38『文学と神』昭和55(1983)年日本之薔薇社
 39『哲学と神』昭和57(1985)年日本之薔薇社
 40『愁いなき神』平成3(1991)年講談社
 41『合同教会論』平成5(1993)年キリスト新聞社
 42『日本人と聖書』平成7(1995)年教文館

「神の痛みの神学」
1946年新教出版社版
1965年英語版(John Knox Press)
1972年講談社版
1972年ドイツ語版(Vandenhoeck & Ruprecht)
1975年スペイン語版(Editiones Sigueme)
1975年イタリア語版(Editrice Queriniana)
1986年講談社学術文庫版、1995年第12刷
1987年韓国語版(朴錫圭訳)
1989年再版


   4)『神の痛みの神学』の研究・紹介:

・Carl Michalson,The Theology of the Pain of God,in "Japanese Contribution to Christian Theology" Westminster
Press,1960

・Hubert S.Takayanagi, La christologia Nelle'attuale Teologia Giapponese, "Teologia del Dolore di Dio" in Editrice
Queriniana. 1975

・P.F.Momose, Kreuztheologie. Eine Auseinandersetzung mit J.Holtmann. 1978

・Keiji Ogawa. Die Aufgabe der neueren evangelischen Theorogie in Japan 1966

・J.ヘッセリンク「西方に窓を聞いた日本の神学」(『日本の神学』,1966)

・R.ヴェート「神の痛みについて一北森嘉蔵の『神の痛みの神学』をめぐって」
(独文)Evangelische Theologie,1978

・倉松 功「北森神学理解の試み」(「神学」45号、1983)

・倉松 功「『神の痛みの神学』の歴史的意義」(講談社学術文庫「神の痛みの神学」所収、1986)
「神の痛みの神学」の神学史的な位置づけについては、本論文にくわしい。J.モルトマン「十字架につけられた神」のほか、E.ユンゲル、H.オット、H.キュンク、D.ゼレ、H.J.マルグル、R.ボーレンなどがそれに言及している。

・佐藤敏夫『キリスト教信仰概説』1976

      『キリスト教神学概論』1995

・宮本 威『神の痛みの神学を読む』(キリスト新聞社、1993)


『神の痛みの神学』に言及しているものには次のようなものがある。

仏教学者一曽我量深『往生と成仏』(雑誌「中道」、1967、10)

美学者一今道友信『東西の哲学』(1981)

文学者一加賀乙彦「宣告」下巻(pp.227、229、268)

    青山光二『われらが風狂の師』下巻(p.157)



   5)現代神学における「神の痛みの神学」

A McGrath Christian Thology,An Introduction.1994
この神学の教科書の中のつぎの叙述は、現代神学界における『神の痛みの神学』の位置をわれわれに明確に示しているといえよう。「“神の苦難”の神学的な意義に関する議論への主要な貢献の中で、二つのものが特に重要なものとして取り上げられなくてならない。

1、ユルゲン・モルトマン、『十字架につけられた神』(1974)[以下、略]

2、日本人著者、北森嘉蔵『神の痛みの神学』(1946)[以下、略]




1)北森神学の形成:

 1935年(昭和10)3月、第五高等学校文料を卒業した、北森先生は、その3年後の1938(昭和13)年3月に、日本ルーテル神学専門学校を卒業している。その際の卒業論文(未却)が「キリストに於ける神の認識」である(400字詰原稿用紙148枚)。その最終ページには(昭和12年クリスマスに脱稿)とあり、最後の部分で「我らが神について語る一切の言薬は、固定性と安住性とを持たない。神学は(それが真に神学であろうとするならば!)常に『旅人の神学』(Thologia viatorum)である」と書かれてある。北森先生、22歳の時である。 その中で、北森神学の畢生の課題となった[神の痛みの神学]について論じられているその早熟と一貫性に、われわれは驚きを禁じえない。北森神学の形成は、その“卒論”からはじまるのである。その目次は次のようなものとなっている。


  キリストにおける神の認識

第一部  聖書の告示に基づける解明

 第一章 キリストに於ける神

     キリストに於ける神の愛

 第二章 三位一体

 第三章 律法と福音

 第四章 宣義と聖化

第二部、近代及び現代の神学に於ける事態

 第一章 近代主義

  1.シユライエルマッハー

  2.アルブレヒト・リチュル

  3.ヴィルヘルム・へルマン

  4.二つの柵   パウル・アルトハウス

         アンドレアス・ニグレン

 第二章 カール・バルトの神学

結語


 本論文の扉には、マルコ9:12とともに、「十字架につけられ給いしキリストの中にこそ真の神学と神認識がある」というルターの言葉が掲げられている。そこに象徴されているように北森神学は{十字架の神学}である。
 この論文の第一部において、われわれは旧約聖書が「キリストに於ける神」とは「我が腸痛む」(エレミヤ31:20)と言われる神であることを示される(p.35)。それは「神の痛みの神学」の旧約的な典拠とされる箇所である。
 そこでは、さらに〈神の痛み〉は次の四点において総括されている。

1)神はキリストにおいてのみ、われら罪人の神であり給う。
2)神の愛はキリストにおいてのみ我ら罪人への愛となる。
3)キリストにおける神の愛は、愛すべからざる者への愛である。
4)キリストにおげる神の愛は、キリストの十字架における愛である。


 第二部の近代・現代神学批判は、この《神の痛み》の視点からなざれ、《神の痛み》を締め出していることが批判される:北森先生の「今日の神学一近代より現代へ一」(1950)はすでにこの‘卒論’の中で形をとっていたのである。
 結語は、「キリストにおける神の確認」が「キリストにおける神の確認」である事が強調される。《神の痛み》はそこでは《神の痛み》ではなくてはならない。「今や我らが注意せねばならぬこととは、『痛み』の主体が『神』であるということである」(p.287)。しかも、その神は、父であり、子であり、また聖霊である三位一体の神なのである。ここではすでに、神の痛みの神学は基本的には形成されていたのである。北森先生の42冊の著書、70冊の共著のどこを開いても、神の痛みが語られていないところを発見することは難しいほど、神の痛みは論じても論じ尽くされ難い論題ではあるが、この‘卒論’はそのような《神の傷み》という用語がやがては消え去っていくことを予想する。「神の愛が神の愛であるが故に、『神の傷み』と言う言葉は、必ず消え失せるであろう・・・
 この言葉そのものはこの言葉が指し示すかの事実と決して同一視されてはならない。我らが神について語る一切の言葉は、固定性と安住性とを持たない。神学は(それカ真に神学であろうとするならば!)常に『旅人の神学』(Theologia viatorumu)である」(p.295f.)。


2)北森神神学の意義:

北森神学の意義は、何よりも『神の痛みの神学』(1946)を完成したことにある。北森先生、30歳の時の著作である。その目次は次の通りである。

1.痛みにおける神

2.神の痛みと歴史的イエス

3.神の本質としての痛み

4.神の痛みへの奉仕

5.神の痛みの象徴

6.痛みの神秘主義

7.神の痛みと倫理

8.神の痛みの内在性と超越性

9.神の痛みと「隠された神」

10.愛の秩序

11.神の痛みと福音史

12.神の痛みと終未論

13.結語

付録  エレミヤ記31章20節とイザヤ書63章15節

解説     北森嘉蔵

 初版は序文なしに発刊されたが、最新版である講談社学術文庫版には6つの序文が収録されている。なぜ、著者はこれほどまでに《神の痛み》に固執するのであろうか。それは「私にはこの福音の心は、神の痛みとして示された」からである(p.24.ページは講談社学術文庫版による)。
 「神の痛みの神学」は、福音の厳密な理解であろうと心がけるものである(p.25)。
 痛みにおける神は、御自身の痛みをもって我々人間の痛みを解決し給う神である(p.25ff.)。そのように神が解決者である、ということは福音、喜ばしい音ずれであるということにほかならない。しかも、それはあきまでも、神の痛みの音ずれなのである。それは神が、赦すべからざる、包むべからざる我々の現実を赦し、包む神の愛であるからである。怒りの対象である我々を、愛そうとして居られる神の愛が、痛みにほかならない。
 テオドシウス・ハナックの言ったように、十字架においては神の怒りと神の愛の二つから《第三のもの》が生じたのであり、その第三のものこそが《神の痛み》なのである(p.27f.)。
 「ルターによれば、ゴルゴダにおいては『神が神と闘った』のである。
 いかにしても罪人に死を命じ給う神とこの罪人を愛せんとし給う神とが闘ったのである」(p.28)。ここでなされる近代・現代神学への批判は、基本的にはあの‘卒論’の線で展開されていく。神の痛みという《点》はここでは《線》となっていき、さらに、日本の伝統的な諸要素、たとえば、聖徳太子の「維摩経義疏」、阿弥陀仏の大悲、慈悲などとの折衝を通して、《面》として展聞されていくことによって、結語の中で著者が「私にとって日毎夜毎の祈りは、神の痛みに基礎づけられし愛の福音が現実とならんことである」(p.256)という祈りは、すでに「神の痛みの神学」の中で、さらにその後、50年の歴史の中で具体化されてきている。我々は、1996年を「神の痛みの神学の50年」と呼ぶべきかも知れない。しかし、北森先生自身はそうは呼ばない。先生自身は、「神の痛みの60年」と読んでいる。それは、すでに20歳の時に芽生え、22歳の時にあの“卒論”でしっかりとした形で示されていたからである。
 このような「神の痛みの神学」の意義は、

1)聖書において示された“福音の心”を厳密に問いつめたものである、こと、
2)「苦しまない古代神学」の問題性を明らかにし「苦しむ神」の神学として貫献していること、
3)包むべからざるものを包む、痛みの神の愛に基づく《対話の神学》として新しい可能性を開いている、こと
4)日本文化の文脈の中で、弁証神学としての有効な役割を果たして、日本の社会に市民権を獲得している殆ど唯一の神学である、こと
5)ルターに多くを負いながらも、ルターを超えている卓越性を発揮していること(倉松功氏)など


3)北森神学の展開:

 神の痛みの神学による、北森神学の展開は、教会一致を目ざすエキュメニカル運動の基礎神学において見られる。具体的にはその著「合同教会論」(1993年)に示されている展開である。その目次は次のようになっている。

 合同教会論

志を同じくして

─序に代えて─

合同教会論
1.指導原理
2.共同の解決
3.残された問題
  普遍救済説と二重予定説
  長老主義と組合主義
4.体験的教団史
  前史
  会派問題
  信仰告自の制定
5.確認
  教団の成立
  十分条件
6.信仰告白制定後の状況
  大勢
  補強
  背面からの補強(反万博闘争)
  九・一、二事件
  九・八原則
7.回顧と展望
  教会と国家
  ニケヤ信条と現代神学
  アタナシウスは世界を敵とす一孤軍奮闘

改革派長老教会協議会と福音主義教会連合との話し合い
  1、教団改革と教団再編成
  2、教会連合と教会群連合
  3、ミニ教団と教団そのもの
  4、「実験的」思考
  5、将来への展望

 「神の痛みに基づく《分裂における統一》の理論は、日本における合同教会(日本基督教団)形成の理論であるとされた」(「日本キリスト教歴史大事典」)今後の展開の可能性は、《世界平和の神学》ではなかろうか。