人を泣かせて

この馬にこんなにも想いを入れられるサイトに出会えた
書かずにはおられません

一番悔しかったレースは芝の真ん中に流れてゴールした菊花賞です
一番嬉しかったレースは素直にタイトル獲得を喜んだ天皇賞です
一番残念だったレースは行っても行ってもまだ前に馬がいた宝塚記念です
一番好きだったレースは63kgを背負ってぐんぐん逃げ切った京都大賞典です
一番興奮したレースは最高の経過と結果を辿った第22回有馬記念です
そして一番信じられなかったレースは

大学受験の願書を郵送するためにその日私は自転車で左京郵便局に向かった
朝から降り止まない雪に何度も転びそうになりながら南の雪雲を追っていた
あの雲の下あたり灰色の布が広がったようなあの空の下あたり伏見の片隅に京都競馬
場がある
66.5kgを背負って2400メートルを駆けようとする1頭の馬の戦場としては
余りにも過酷だった

それから2ヶ月足らず、日々のニュースは異例にも馬の症状を伝えました
ついには死亡したことをも伝えます
関係者の記者会見が開かれました
「・・・もう、そんなこと聞くなよ!」
とメディアの前で子供のように泣きじゃくる山田厩務員
その闘病期間中世界で一番神様に祈った人です
そして関西TVの競馬中継
「・・・私たちは何もできませんでした、すみません、すみません・・・」
と中継中電話の相手に突然涙を流しながら何度も謝っていた松本暢章アナウンサー
(故人)
電話の相手は逆に放送関係者を毅然と慰めていた馬主の高田氏でした

故郷の土に埋葬される映像の中
その現場に連れてこられた1頭の馬が映りました
母・ワカクモでした
きょとんとしたその目
このときこそ、若気に耐えていた涙を私は本当に止めることができませんでした

故森乃福郎氏の暖かい言葉が思い出されます
「これがテンポイントのたまらんところですわ」
これ? 天皇賞のゴール前、内から外から追ってくるホクトボーイ、クラウンピラー
ドに
ちょちょっと外側によれてひやっとさせた京都の直線
それでも一所懸命にゴールを目指しました
人を信じて走りそして人を信じて過酷な激痛に耐えていた
そんな生き様に人は絶対涙を流すのです