その56:帽子の芸は面白くなかった。
早野凡平というコメディアン……いえ、ボードヴィリアンがいました。
帽子をいじくって「ほんじゃまか、ほんじゃまか、ナポレオン」とかやる人です。
この世を去ってずいぶん経つ人ですが、このフレーズだけは一部で妙に有名で、自分もいつどこで、このセリフを知ったのか思い出せません。もちろんオリジナルの芸も見たことはありません。
それをある日、目にする機会がありました。NHKアーカイブス(だったか?)の「日本の話芸」という番組です。
もっとも、それはただの偶然でした。たまたま点けたテレビで始まったので、「へー、この人だったんだー」と思ってちょっと見ることにしたのです。
ステージに現れた早野さんは、なぜかゴルフバッグを担いでいました。
そのゴルフバッグのフタにあたるパーツが、問題の「帽子」。ゴムみたいな素材の安っぽい、なんだかチャチな物体です。
さて、どんなもんかいな?
「……ん?」
芸が始まってすぐに、わたしは意外なことに気づきました。
なかなか帽子の芸を見せてくれないのです。することと言えば、他愛のない日常のお話。最近、なにをしてるだの、どこそこに出かけただの、なにを食べただの。
その合間に、時々思い出したように「あ、やんなきゃ」みたいな感じで帽子の芸をやります。
わたしは唸ってしまいました。
「光源氏……」とからやれても、まるっきり似ていません。いや、似てるとかそういう問題ではないか。そもそもモノマネですらなく、しかも脈絡がないのです。
どちらかと言えば、つまらない芸です。
ところが笑ってしまう。
「うーむ……」
だんだんわかったような気がしてきました。
早野凡平さんの芸とは、実は帽子の芸ではなく、出演時間の大半を占める、このどうでもいい日常会話の方なのではないか?
なぜなら、その日常会話がどういうわけか面白いのです。
ギャグとかはありませんが、なんとなく聞いてしまう。その合間に突然、帽子のギャグが入ると、見ている方は「ブッ!」と吹いてしまうのでした。
つまり、早野さんはギャグやモノマネでお客さんを笑わせているのではなく「間」で笑わせているのですね。世間話を通して観客の中にエネルギーを注ぎ込み、ちょっとしたきっかけで笑いを起こす。
帽子の芸は、いわばその「点火装置」の役割だったのでしょう。
奥さんの悪口をブツブツ言っていたかと思えば、いきなり「マジンガーZ!」とかやる。
くだらないなんてもんじゃありませんでしたが、大笑いしてしまいました。
帽子の芸をマネするのは簡単です。小学生でもできます。
でも、この「間」をマネするのは大変だろうなと思いました。だけど、くだらない笑いが大切な時もありますよね。
注:ややこしいことに早野凡平の演目には「帽子のパフォーマンス」の他に「ゴルフバッグのパフォーマンス」というのもあります。ですが、ここではとりあえず、自分の記憶だけで書いております。
(2011/04/01)