感動のラストシーン……のはずが、え? え? ええ?  

 『ラスキーズ』というアメリカ映画があります。原題は“Russkies”ですから、正確には「ルスキーズ」が近いんでしょうけど。  
 舞台はアメリカのフロリダ、キーウェスト。その沖合いに貨物船に偽装したソ連の船が接近し、嵐の夜にスパイを上陸させようとします。しかし、海は大荒れ。スパイたちは波に飲まれ、通訳の水兵ミーシャも遭難してしまいます。そんな彼を見つけたのは仲よし3人組の地元少年。無人島の廃墟を利用した彼らだけの秘密基地でぐったりしていたミーシャを見つけたのです。  
 最初はロシア人ということで警戒していた子供たちですが、ミーシャの人柄にふれるうちに仲よくなり、やがて彼を同盟国であるキューバに逃がしてあげようと奮闘することになります。  

 はい。スピルバーグの『ET』がソ連兵になっただけです。  
 制作年は1987年だそうですから、米ソ関係がちょっと変化を見せてきた頃の物語ですね。しかし、これだけなら甘くてヌルい、よくあるハートウォーミングなファミリー映画なのですが(実際、アメリカではそういう評価でした)、一味違うのがフロリダの少年たち。こいつらというのが軍事オタクのクソガキ集団で、実に面白いのです。  
 映画の冒頭、主人公のダニーが、とあるマンガを他のふたりに読み聞かせているところから話はスタートします。この内容がすごい。


“「同志よ。友だちになろう。軍服はちがうが、おれ達は兄弟だ。
信頼しあれば、みな平和に暮らせるよ」
党委員が猫なで声で訴えると、スラマーは靴で相手の顔を押さえつけた。
「勘弁してくれ。同志、お願いだ」
しみひとつなかった軍服に冷や汗がにじんだ。
彼は親しみを示すように太った手をあげて、その瞬間、ブーツからナイフを抜いた!
だがスラマーは速かった。
「こうしてやる。ボルシチ野郎!」
相手の頭はメロンのようにつぶれた。”



「イェーっ」
スカッとするぜ!」  
 うーむ……アメリカの基準じゃ、子供に見せてはいけないマンガのようですが、これはもちろん架空のヒーロー。「サージャント・スラマー 第98巻 スラマーvs赤の組織」。ここでスラマー軍曹は、毒刃を仕込んだ靴で、逆立ちしながらクリムリンの屋根の上でアカの手先と戦うのです。うわー読みてぇ。

 そんな悪ガキ集団のところにロシア人のミーシャが転がり込むのですから、少年たちの反応もいきおい過激なものとなります。  
 父親のところに「ソ連兵がきた! パパ! 若き勇者たち(レッドドーン)だよ!」 ……おまえら、あの映画見てたのか。まぁ、そうだよな。  
 あるいは恋人と電話してるお姉ちゃんに「当局に連絡するから電話を寄越せ!」と言うものの「あとでチャック・ノリスを呼んであげるわ」と軽くいなされる始末。
 とにかくセリフ
の端々がいちいち濃いのです。  
 しかも主人公ダニーの父親は海軍の軍人ですが、1956年のハンガリー動乱をきっかけにアメリカにやってきたという、かなりムチャな設定。海のないハンガリーの人間がどうやって海軍軍人になる!? え? ソ連の文化人もいるからいいだろうと? ごもっとも。  
 しかし、映画のスケールはムダに大きくて、クライマックスではミーシャを迎えにソ連の潜水艦が現れます。このあたりETを迎えにくる宇宙船と同じノリですが、これがなんとほぼ実物大。しかもそれを見た悪ガキどもが
「すげぇ! アルファ級だ!」
「バカいえ。こいつはヴィクター3級だろ!」
 ……坊やたち、そのボケとツッコミがわかる日本人なんてほとんどいないよ。  
 そんな具合でダニーたちは、敵国ソ連の人々も、自分たちと同じ人間だということを学び、めでたしめでたし。そしてラストは冒頭と同じ場面に戻ります。しかし、彼らが読んでいるのはサージャント・スラマーではなく、トルストイの「戦争と平和」なのでした。



“ワシーリイ公爵が、共に戦った戦友たちに別れを告げる時がきた。
後に残されるのは、馬の手入れをする疲れ果てた兵士たち。
去る友は微笑んだ。
「今日の私の事を忘れず、心にしまってくれ。
不名誉な行いと言われても、私は人の心を結びつけた。
私の考えは単純で明快だ。
正義を愛する者は手を取り合い、信念をかかげて行動するのだ」。
ワシーリイ公爵は皆にうなづくと、背を見せて、何も言わずに立ち去った。”



 うむ。なかなか趣のあるラストシーン……と、思いきや! ここが問題のシーン。  
 実は、このくだり。トルストイの「戦争と平和」のどこにも書かれていません。  
 わたしも「戦争と平和」は読んだのですが(その中味については別の機会に語るとして)、上述のくだりが、どこをさがしても無いのです。自分が読んだのは新潮社版ですが、これほどの長い著述部分であれば、違う訳でも共通する箇所は見つけられるはずです。   
 確かにワシーリイ公爵なる人物は登場します。でも彼はもっぱら舞踏会やら晩餐会やらのシーンに登場する老人で、しかもあまり善人とは言えないキャラ。もちろん戦場に出るシーンはありません。  
 ちなみにワシーリイという名前の人物は他にもうひとりいますが、こちらはデニーソフという軽騎兵隊の将校で、そもそも爵位すら持っていません。さらにややこしいことにオルロフ・デニーソフ伯爵なる人物がいますが、もちろん彼のファーストネームはワシーリイではありません。  
 ただ、文章の内容からすると、いかにも「戦争と平和」に出てきそうな言い回しではあります。  
 雰囲気的には、正当な主役クラスであるアンドレイ・ボルコンスキー公爵とか、ピエール・ベズウーホフ伯爵あたりが言いそうなセリフでしょうか。でもダニー役のホアキン・フェニックス(この時はリーフ・フェニックス名義で出演)は、明らかにPrince Vasily(公爵というとDukeかと思われがちですが、それは英国のみ)と言ってるので、字幕の間違いという可能性はなさそうです。  
 この映画の脚本を書いた人間は、いったいどの「戦争と平和」から上述の文章を引用したのか? 今にいたるも謎です。  

 ちなみにこのラスキーズはDVDにすらなっていないマイナー作品ですが、昔のレンタル屋ではちょくちょく見かけたものです。中古ビデオの店なんかで1,000円以下で買えると思います。時間とお金に余裕のある方は見てみるのも一興かと。
                                       (2011/02/14