思い出の商店街

 自分の実家は商店街の、ど真ん中にあります。
 というわけで周囲には色々なお店があるのですが、その中には当然、お肉屋さんも。で、
そのお肉屋さんというのがなかなか洒落てまして、別棟でステーキハウスなんぞをやっていました。
 もちろん昔の話。
 
今は、もうそのステーキハウスはありません。でも、小さい頃に何度か親に連れていってもらったことがあります。 ピカピカに磨き上げられた鉄板の上で、ジュージューと焼かれたステーキの味は、今でも忘れられません。

 ところで、その店にはシェフというか、コックさんというか、専従の人がいました。
 ずいぶんお年を召した方で、幼少の自分からみれば「おじいちゃん」のレベルです。他にもコックさんはいたと思いますが、何故か自分の時は、いつもその人でした。まぁ、親と懇意だったのだと思います。
 いかにも好々爺といった方ですが、そこはやはりプロ。余計なおしゃべりなどせず、黙々と肉を焼いていた記憶があります。
 でも年が経ち、自分も大きくなって、実家にもあまり立ち寄らなくなると、ステーキハウスからも自然と足は遠のいていました。
(ぶっちゃけ、結構なお値段のお店でしたし)

 それからしばらく経った時でした。
ステーキハウスのおじいさんが亡くなられたという話を聞いたのは。
 そのおじいさんはアパートに独り暮らし。戦後間もなく、件のお肉屋さんに就職し、以来ひたすら働いていたとのこと。
 驚いたのは、そこからです。
 雇い主であるお肉屋さんによると、実家に連絡を取ろうとしたがダメ。役所に照会してみても該当無し。警察でさえお手上げ。
 なんと!
 そのおじいさんは名前も住所もすべてウソ。書類上は、どこにも存在しない人間だったというのです。
 商店街は、しばらくその話題でもちきりでした。
 
おじいさんに、どんな過去があったのでしょうか?
 自分の人生から、何を消したかったのでしょうか?
 それとも、なにか目的があったのでしょうか?

 ニコニコとステーキを焼いていた姿からは想像ができません。
 いや……想像できすぎて収拾がつかない、というべきでしょうか。

 念の為に申し上げますが、エイプリル・フールじゃないですよ。