ひまつぶし

 時間をつぶすのが苦手です。
 喫茶店でコーヒー一杯で何時間でも粘れるという人がいますが、とても真似できません。飲んだら、とっとと席を立たないとお店の人から文句を言われるのではと不安になってきます。ああいう場所で時間を忘れることができるのは、打ち合わせの時ぐらいでしょうか。
 しかし、そうは言っても時間をつぶさなきゃならなくなる事態は起こるもので……。

 ある夏の日、とある街で二〇分ほど時間をつぶす羽目になりました。なんとも微妙な時間です。飲食を予定しているので喫茶店は自動的に除外。こんな時に頼りになる本屋は見当たりません。いや、場所の見当はついていたのですが、往復するだけで二〇分を消化してしまいそうだったのです。暑いことでもあり、それはなんだか馬鹿らしい気がしました。
 いや……今、思えばそうしておけばよかったのですが。
 所在なくブラブラしているうちに画廊を見つけました。といっても本格的なものではなく、ポスターとかリトグラフがメインです。ここなら冷房が利いてるし、見ているだけで時間がつぶせるだろうと入りました。

 しくじった……。

 そう思ったのは、入ってから三〇秒足らずのことでした。
 若い女性店員がずっとつきまとってきます。「今ならとても安い」「将来、必ず価格がはね上がる」「こんなチャンスは二度とない」うんぬん。
 こうした文言を繰り返しながら、クリスチャン・ラッセンだの、ヒロ・ヤマガタだのをしきりに薦めてきます。値札には、それこそスゴイ数字が。
 アーティストに恨みはないけれど、ブラリと入ってきて数十万円の衝動買いをする人間がいたら見てみたいものです。こっちは2,800円のワインを買う時だって、30分ぐらい考え込む人間だというのに。 
 普通なら「興味ありません」の一言で出ていけばいいのですが、こっちは時間をつぶすのが目的です。外に出たら、また別の手段を考えなければなりません。それに暑いのはイヤ。
 そうなると、ついつい店員さんとおしゃべりをしてしまいます。  
  向こうは「脈有り!」と判断したんでしょう。わたしの言葉に相づちを打ち、わたしの芸術的審美眼の確かさを讃え、美術に対する造詣の深さを賞賛します。

 知ったかぶりのウンチク vs 露骨なお世辞の応酬。

 バトルはいつ果てるともなく続くかに思われました。
 そんな中、一枚の絵に目がとまりました。
 シム・シメール(Schim Schimmel)という人の 「宇宙の宝石 」という絵です。

「ふーん。これはちょっといい感じですね」
「お客様、さすがでいらっしゃいますね。シメールの中でもこれは代表的な作品で……」
「でも、この地球がジャマだなぁ」
  次の瞬間、店員さんの顔色が変わりました。

「これが無かったらシメールじゃありませんッ!!!」

「………………」 

 いい頃合いでした。
 そうですか……と小声でうなずいたわたしは、すごすごとお店をあとにしたのでした。
 この手のお店から脱出した人の体験談はよく聞きますが、追い出された人間は珍しいのではないでしょうか。ちなみにお店の名前は思い出せません。
 念の為に申し上げておきますと、秋葉原ではないですよ。