ローレライ

 前に戦艦大和にからんだ話を書きましたが、映画も公開されたことなので、もうひとつ。
 自分の名前はクレジットされてはいませんが、映画の『ローレライ』にちょっと協力しました。以前、東宝映画で『ゴジラ×メカゴジラ』と『ゴジラ×メカゴジラ×モスラ』の二作に協力した時、知り合いになった助監督さんが、樋口組に移ったのが縁でした。
 大日本帝国海軍の潜水艦(実際にはドイツに鹵獲されたフランスの潜水艦が日本に渡り…というややこしい設定ですが)が舞台のストーリーです。
 大半のシーンが艦内で進行するということもあり、俳優たちにいかにも潜水艦乗りにふさわしい所作や動作を指導してくれる人はいないだろうかとのこと。そこであちこち手を回し、海上自衛隊の潜水艦部隊にいた人を推薦しようということになりました。
 しかし、調整に動いてくれた海上自衛隊の人が気を利かせてくれて、「旧軍の映画なら旧軍の人がいいだろう」と、元帝国海軍の士官だった人を紹介してくださいました。確かにこれ以上の適任はいません。
 海上自衛隊の潜水艦部隊にはOB会があり「ドンガメ会」と呼ばれています。これに対して旧帝国海軍の潜水艦OBの会は「いろは会」。なにげない名前に聞こえますが、実はこれ「イ号、ロ号、ハ号」のそれぞれの潜水艦から取った名前です。その代表の方と会えることになりました。
 とはいえ、お互いに顔も知らなければ、背格好もわかりません。とある駅の改札で待ち合わせたのですが、同行してくれた海自の人は「制服着てくれば判りやすかったかなぁ」なんて言います。
 約束の時間が近づき、ふたりでキョロキョロ。それっぽい人を探してみますが、なかなか見つかりません。
 その時でした。
 駅のコンコースから、ひとりのお年を召した男性が歩いてきます。わたしたちは顔を見合わせ、ほぼ同時に「間違いない!」と確信しました。
 なんというか、周囲の人たちとまるで違うのです。
 早足で滑るような歩き方。ツカツカと歩くという表現がぴったり。そこらの学生やサラリーマンよりずっと姿勢がよく、そしてやはり、眼光鋭い方でした。
 ここで勘違いだったとなれば笑い話なのですが、果たせるかなご本人でした。どうして気づけたのか、今でもよくわかりません。
 で、後から合流してきた助監督さんと四人で喫茶店で打ち合わせ。あちらの関心はもっぱら戦闘シーンの演出のようで、どういう動きを役者にさせたらいいかでした。
 ご本人の回答は明解で「戦闘配置になったらすべての区画のハッチを閉じてしまう。自分は発令所だったから、そこはわかるが、それ以外の部署はわからない」というもの。
 憶測や知ったかぶりは皆無。ムダな言葉がありません。
 しかし、先方は、今も交流がある会員の皆さんのリストを持ってきてくださっていました。ワープロで作られた表で、氏名と連絡先、海軍兵学校を何期で卒業したかなどがぴっしり書かれています。
 わたしは最後の項目に目がくぎづけになりました。
 それぞれの会員が乗っていた艦名が書いてあります。「大和……伊400……赤城……」なんというか、とんでもない名前ばかりです。
 多くの艦が沈んでいますが、その後は別の船に移った人も多いようです。けれど潜水艦の会なのに、水上艦艇の名前があるのは不思議でした。さらに表を見ると、海自のOBの名前もあります。
 戦後60年。生き残った仲間も次第に減り、それぞれの会だけでは縮小していく一方なのでしょうか。
 とりあえず、わたしの仕事はここでおしまいとなりました。あとは映画のスタッフが引き継ぎます。海自の人と「よろしくお願いします」と頭を下げて、その場を辞去しました。
 その後、どうなったのかはよくわかりません。
 映画にはあまり興味ありませんが、製作期間中、ご紹介した方に失礼がなかったかどうか、それだけが気になっています。