NEO G Episode 2nd〜EDEN〜

 

――7『忍び寄る脅威』

 

 

東京都内――防衛技術研究本部

 周囲の壁は分厚いコンクリートで固められ窓も無い建物の中、二人の男が並んでいる。一人は制服姿の氷川、一人は年齢が氷川と同じくらいの作業服姿の男。

「住友一佐、これは…すぐに使えるようになりますかね?」

 氷川はシートの掛けられた2つの物体を見上げて言った。

「ええ、いつでも動かせますよ。ただ実戦で使われたことはありませんので、理論的には大丈夫でも信頼性の面で不安があることは否めませんが…。」

 その隣で住友と呼ばれた男が答えた。

「分かっています。これが実戦に投入される事あったなら一大事ですよ…。」

 氷川が眉をひそめる。

「…氷川一佐、本当にゴジラは日本に現れるんでしょうか?」

 住友は再び無表情に戻った氷川の顔を覗きこんだ。短い沈黙の後、氷川は口を開く。

「――私の部下が全力を注いで調査していますが、まだ確証は持てません。だが、もしゴジラが日本に現れる事態となったとしたら、この“TX‐2000”を使う時が必ず来るでしょう…。」

 それを聞いて、住友は頷いた。

「任せて下さい。技研の名にかけて万全の状態にしておきます!」

「よろしくお願いします…。」

 氷川は深々と頭を下げた。

 

 

太平洋――小笠原諸島南東沖

――海上自衛隊第2潜水隊群第6潜水隊「わかしお」

『ソナーに感あり!2時の方向、距離4000に移動物体!』

 ソナー員がそう告げた時、艦内に緊張が走った。ゴジラがハワイに現れた翌日から、海上自衛隊は厳戒体制をとっていた。護衛艦、潜水艦、対潜ヘリ、対潜哨戒機、海自の保有する戦力の約3分の1が太平洋方面にゴジラ警戒のために投入されているのだ。

「機関減速、音紋を確認せよ!」

「了解、減速します!」

 艦内に響いていたディーゼルエンジンの音が次第に小さくなる。ややあって、ソナー員の声がスピーカーより響いてきた。

『音紋はロシア海軍SSN(原子力潜水艦)ビクターV級。キャビテーションに大きなノイズが混じっていますからウラジオストックから出た3番艦でしょう。』

 それを聞いて、艦長は舌打ちしながら言う。

「まったく…我々の気も知らないで、ロシア人どもは艦隊司令部からの命令を受けていないのか!?ソナー、アクティブソナーを打って警告しろ!」

 

――ロシア海軍原子力潜水艦ビクターV級「ロマノフ」

「ロマノフ」の艦体に「わかしお」から放たれた水中音波が打ち付けられた。

『後方距離4000に潜水艦!アクティブソナーは日本の自衛隊の物です。』

「いかがいたしましょう、同志ミハエル艦長?」

 ソナーからの報告を聞くと、副長は艦長の顔をうかがった。

「いざとなれば我々の方が足は速い。このまま進んでも問題無かろう。日本の自衛隊はしつこく追いかけてくるが、こちらに魚雷を撃つような真似は出来ない。中途半端な軍隊だよ。」

 ミハエル艦長は嘲笑を浮かべた。

『自衛艦が増速、距離3500まで接近してきます!』

「航海長、周辺の海流は?」

「はい…、深度450mに変温層があります。」

「よし、無音航行。惰性で変温層まで潜るんだ!」

「了解、無音で潜行。深度450!」

 命令が副長によって復唱されると、「ロマノフ」の艦体側面に取り付けられた潜舵が下向きに傾き、艦はゆっくりと潜行を開始した。

 

――海上自衛隊潜水艦「わかしお」

『ビクターVの音紋が途切れました!』

 ソナー員が忙しなくパッシブソナーの微調整をしながら叫んだ。

「こちらの接近を警戒して無音航行に入ったのでしょうか?」

「変温層に隠れたのかもしれない。もう一度アクティブソナーを打て!」

 首をかしげる副長に艦長が告げる。

コオオオォォー――ン

 「わかしお」から探信音波が海中を飛んでゆく。

カアアァァァー―――ン

 反響した音波が再び「わかしお」に戻ってくる。

『距離4000、深度450に感!……これは…反応が二つあります!!!』

「ふたつ!?」

 艦長は驚きの声を上げた。

「同じロシアの潜水艦でしょうか?」

 副長も疑問を口にする。

「こちら艦長。ソナー、新たに発見された目標の音紋は!?」

『ハッ。新たな目標に音紋、キャビテーション無し。ビクターVにゆっくりと接近しています!距離500を切りました!!!』

「これはまさか……」

 副長の頭の中にとある予感がよぎった。

「ビクターが気付いていないとなると…ビクターが危ない!!!」

 艦長も副長と同じことを考えていた――

 

――ロシア海軍原潜「ロマノフ」

「変温層に入りました。自衛隊は追って来ません。」

 副長に報告に艦長は頷く。

「よし、潜舵水平。機関20ノットまで増速せよ!」

 命令通り、「ロマノフ」の原子炉が唸りを上げはじめた…その時だった

『こちらソナー!本艦前方、距離350に磁気反応あり!』

「なにぃ!?」

 艦長が叫ぶ。

「艦長ッ、それはアメリカの原潜じゃないのかね!?」

 口を開いたのはロシア海軍の戦闘艦には必ずと言って良いほど同乗している政治士官である。

「冷静になってください同志。ソナー、目標の動きは!?」

『速度5ノットで以前接近中……本艦の右舷50mに並びます!!!』

「近いな…!」

 それを聞いて、艦長は視線を右舷に向けた。2重のバラスト室と耐圧隔壁の向こう側、50m足らずと言う間近に得体の知れない巨大物体がぴったりとくっ付いているのだ。

パシッパシッ!!!

 艦内の電子機器がスパークし、火花を上げる。

『目標が凄まじい電磁波を放ちながら本艦の周囲を回っています!』

ガリガリガリ…

 ソナーの言うことを証明するように、艦体の外側を何かが引っ掻くような音がした次の瞬間――

メキメキメキメキ…!!!

 金属が引き裂かれるような凄まじい音が艦内に響くと、到るところの圧力パイプから一斉に水が噴き出し、発令所では揺れに振られたクルーがあちこちで体を壁に打ち付ける。

「耐圧隔壁破損!!!各部署にて深刻な浸水です!!!」

「原子炉は!?動力室の隔壁は大丈夫か!?」

 艦長が叫んだその時、動力室では――

「推進力が得られません!何か…とてつもなく重いものが艦に乗っている感じです!!!」

「一体何が起きているんだ!?」

 足元からゆっくり迫ってくる海水と格闘しながら、クルーは懸命に原子炉の運転を守ろうとしていた。だが、隔壁はなおも不気味に軋みを上げている。そして、クルーは見た!!!隔壁を突き破る巨大な象牙色の鉤爪を…。押し寄せる低音の海水が彼等の意識を奪い、視界はそこで途切れた――

 

――海上自衛隊潜水艦「わかしお」

 わかしおにも「ロマノフ」の断末魔が聞こえていた。ソナーを介さなくても「ロマノフ」の艦体が引き裂かれる、潜水艦乗りにとっては本能的に虫唾が走るようなノイズに全員が心臓を何者かに掴まれるような悪寒を覚えていた。

「ソナー、何が起こったか分かるか!?」

『分かりません!凄まじいキャビテーションノイズです!!!』

 ソナーがそう言った次の瞬間、艦内に鈍く低い轟音が響いた。

『――ビクターが爆発しました…!沈降します…深度700…』

「この水温です…乗員は一人も…」

 副長がかぶりを振った。

「ヤツだ…深海で、原潜を襲って沈めるようなモノはヤツしかいない!!!」

「ゴジラ…ですね…」

 艦長に全員の視線が集まる。彼は静かに頷いた。

「艦隊本部に打電!通信可能深度まで緊急浮上せよ!」

 圧縮空気がバラストの海水を気泡とともに吐き出させると、「わかしお」はゆっくりと浮かび上がって行く。陽の光の届かぬ深海から、光に満ちた海面へと…。乗組員はその時「ロマノフ」の爆発音に被って、核の生み出した魔獣――ゴジラの咆哮を聞いたような気がした――

 

 

東京――防衛庁

ハッハッハッハッ…

 激しい息使いと共に硬いタイルを革靴の底が蹴る音が廊下に響く。走りながら制服の襟を留めようとする為、当然ながら上手くはいかない。身支度を整える前に彼――相沢祐介は目的の場所に到着し、自分のIDカードをスロットに通した。電子錠の開く音がし、彼は扉を押し開いた。すると部屋にいた人間の視線が一瞬彼に集まる。

「遅く…なりました…!」

「――ああ。早く、こっちだ。」

 声を返したのは真田だけだった。他の人間は既に自分の持ち場に視線を戻している。相沢はこんな時に当直明けだった自分に心の中で毒づいた。先程まで仮眠室で休んでいたのだが、そこを真田に内線で叩き起こされた。ゴジラと思しき巨大物体を海上自衛隊の潜水艦が発見――そんな知らせを聞かされては否応無く駆け付けねばならないもの。

「状況はどうなっていますか!?」

 相沢は息を整えながら言った。

「発見したのは第潜水隊群の『わかしお』だ。ロシアのビクターV級を追跡中に遭遇したらしい。もっとも、ビクターはその後海の藻屑となって消えたらしいがね…」

「ゴジラに…ですか?」

 相沢が問うと、真田は黙って頷いて続けた。

「現在、P−3C対潜哨戒機と対潜ヘリが現場海域周辺を捜索中。佐世保の第47、62護衛艦隊も動員して、包囲網を取る作戦だ…。」

 メインスクリーンには自衛隊の護衛艦、潜水艦、航空機、ヘリの配置、アメリカやロシア軍艦船の動きまでが映し出されていた。小笠原諸島の南東沖周辺ににおびただしい数の光点が遠巻きに取り囲んでいるのが分かる。

「――部長はどうしました?」

 相沢は後ろを振り返って言った。オペレーションルームにある氷川のデスクにはこんな状況でも主の姿が無かった。

「一佐はもう首相官邸に向かったよ。統幕議長や幕僚長達も一緒だ…。」

真田は天井を見上げながら答えた。

 

 

首相官邸――

 ゴジラらしき物体を発見――、この情報を受けて内閣は臨時閣議を召集。閣議前の懇談でも一種異様な雰囲気に包まれていた。予定されていた時間からやや遅れて総理が統幕議長、陸海空の幕僚長達を連れ立って到着したことでようやく閣議は始まった。

「『わかしお』がロシア原潜の圧潰音を確認したのはこの地点です!」

 海自幕僚長がスクリーン一点をポイントする。

「アメリカ第7艦隊がゴジラを見失った地点がハワイ沖のこの地点。二つを結んだ線をそのまま延長して行くと…」

 ポインターをそのまま引きずって行き、日本列島の上でピタリと止めた。

「福島県南部から紀伊半島にかけてのいずれかの沿岸にゴジラが到達する可能性があります!!」

 幕僚長は厳しい表情で周りを見回した。閣僚達は腕組みをして考え込む者、額を押さえて唸る者、様々である。

「――それにしても、範囲が広すぎるのではないかね?」

 国土庁長官が最初に口を開いた。

「自衛隊の装備で今言われた範囲をカバー出来るだけの戦力はありますか!?」

「現在、艦船・航空機の両面でゴジラを追跡中。早急にゴジラの進路を特定することで、進路上に戦力を集中する作戦であります。」

 海自幕僚長が答えた。

「航空自衛隊も百里基地の第7航空団、入間にも筑城から第8航空団、新田原から第5航空団が移動し対ゴジラ防衛のために出動準備体制に入っており、空・海の両面からゴジラの上陸阻止する構えです。」

 空自幕僚長が続ける。

「しかし、万が一海上の防衛網を突破された場合は?陸自の戦力だけであの怪物を止められるのか?」

 自治大臣は皮肉げに陸自幕僚長を見つめながら言った。

「――その件に関しましては防衛情報本部の氷川一佐から提案があります。」

 陸自幕僚長が控えていた氷川に目配せすると、彼は立ち上がった。

「只今幕僚長からご紹介に預かりました、防衛情報本部の氷川直之一佐であります。今回のゴジラ接近に関しまして、我々防衛情報本部が立案した計画を申し上げます。」

「ちょっと待ちたまえ。防衛情報本部と言ったが幕僚でもない君にそれだけの権限があるかね?」

 大蔵大臣が驚いたように言う。エリートコースを歩いてきた大蔵大臣は権威や立場にうるさい癖がある。

「――大蔵大臣は御存知無いようですが、私は統幕会議において、防衛情報本部が提供した情報による作戦立案について発言する権限を持っております…!」

 氷川の口調は静かだが、えも言わせぬ迫力があった。大蔵大臣が押し黙るのを見て、氷川は口を開いた。

「…続けます。我々の最大の目的はゴジラの上陸阻止であります。そこで――」

 そう言って、氷川はちらりと総理の方を見た。総理は官房長官と一言二言言葉を交わした後、氷川に向かって頷いた。

「――TX‐2000の凍結を解除します!!!」

「TX‐2000!!?」

 氷川がそう言うと、部屋が急にざわついた。

「詳しくは自衛隊防衛技術研究本部第一課の住友一佐から…」

 氷川が一歩退くと、隣に座っていた男が立ち上がった。

「では、私からTX‐2000について説明を申し上げたいと思います。氷川一佐、スライドを…」

 部屋が暗くなり、正面のスクリーンに一枚の写真が浮かび上がった。そこに映っていたのは2台の無骨な戦車のようにも見える車両。装甲は鈍く銀色に輝き、操縦席が車体の右側に突き出ている。ガラスのような半透明な素材で作られた砲身には無数の放熱孔の開いた覆いが被せられ、発射ショックを吸収する目的で2段にスライドするようになっている。上から見ると八角形の砲塔にも冷却ファンが付いていた。周りで整備する人間の大きさで比べると通常の戦車よりも二回りは大きい。

「2000式自走電子砲戦車プロトタイプ。我々はコードネームでTX‐2000と呼んでいます。」

「これは…いわゆるレーザー砲というやつかね?」

 年配の法務大臣が疑問を投げかける。

「TX‐2000はレーザー兵器ではありません。電流の中から高密度の電子を分離し、加速収束して撃ち出すもので、どちらかと言えばビーム兵器に近い物です。」

 住友はスライドを切り換えた。

「TX‐2000の技術は元々次世代型戦車の主砲として開発されたものでしたが、生産コストや機体強度の問題に直面し一時開発は中止になりました。しかし、1995年のゴジラ襲撃の際、現行兵器が全くゴジラに歯が立たなかったことからより強力な火力が必要の考えに到りました、TX‐2000はその技術を対ゴジラ兵器に転換することで開発を続けて来たのです。」

「その……TX‐2000でゴジラを倒せるのかね?」

「私達はTX‐2000を対ゴジラ極地防衛兵器として位置付けています。その理由は運用の最大の問題だったのはゴジラを殺傷出来るだけの威力を得る為の理論値300万kwの出力を確保するためです。」

「それはどういうことですか!?」

 通産大臣が聞くと、今度は氷川が答えた。

「ゴジラが接近する可能性が高く、300万kwの電気出力を容易に得ることが出来る場所…。そう、原発です!ゴジラが原発に接近した際にTX‐2000が迎撃任務に就く事を前提に設計されているのです。」

「それではゴジラが都市部に現われた場合は?」

 今度は運輸大臣が質問した。

「変電設備さえあればTX‐2000を市街地で使用することは可能です。だがその場合は周辺一帯の電力を一時的に供給停止にすることになりますので、関係各省庁が協力していただきたい。」

 閣僚達は一様にして考え込んでしまった。ゴジラに対して彼等が出来ることなど限られてしまっているからだ。

「――私は氷川君の意見に賛成したいと思う。」

 今まで話を聞いていただけの総理が初めて口を開いた。

「私達政治家が自衛隊の戦い方や技術に口を出してもしょうがないでしょう。国民の安全を守る為…彼等の作戦を支援するのが一番だと思う。」

 そう言って、閣僚達の顔を見渡した。

「現在行われている第二次警戒態勢を自衛隊には日本近海の安全が再び確認されるまで継続していたただく。なおゴジラが現れた場合には警戒態勢を第三次から第四次に移行するとともに、防衛情報本部から提唱された作戦を実行に移す。その際関係各省庁は連携し、作戦行動が速やかに行われるように協力して欲しい。私からは以上です…。」

 総理が言い終えると、その後は閣僚達から氷川らに質問を投げかけ、閣議は終了した。

 

 部屋に残っているのは氷川、技研の住友、防衛事務次官、統幕議長、陸海空の幕僚長だった。

「住友一佐…君は狸だな…」

 突然、統幕議長が苦笑した。

「法相が君に『TX‐2000でゴジラを倒せるのか?』と聞いた時、君は明言しなかった。実際はどうなんだね?TX‐2000は切り札になりそうなのか…」

「――正直、勝算は五分五分…いやもっと低いかもしれません。なにせ研究所から出した事の無い機械ですからね…。一度でも試射が行えれば解決できる問題点もあるんですが…その為には100万世帯以上が一日に使用するに相当する電力量とそれに耐えうる変電設備を整えなければなりませんし、自衛隊の演習場でこの条件を満たせる所はありませんから…」

 そう言って住友は頭を掻いた。

「しかし、総理は腹を決めたようだ。その場になって考えが変わる事は無いだろう。」

「政治さえしっかりしてくれれば、後は我々の仕事です。自衛隊は無能な組織ではありません。」

 事務次官の言葉に答えながら、陸自幕僚長が海自・空自幕僚長の顔を見渡すと、二人は黙って頷いた。

「――私はそろそろ部署に戻ります。暫く現場には苦労をかけますが、我々情報本部も万全を尽くしますのでよろしくお願いします…」

 氷川は立ち上がるとそう言って深々と頭を下げた。

「何を言っているんだ。君達の方がよっぽど年中神経をすり減らしているではないか。こうなってしまえば皆現場のようなものだよ。」

 海自幕僚長が諭す。

「挙国一致…という言葉は使いたくないが、相手はゴジラだ。日本の持てる総力を結集しなければこの危機は乗りきれないだろう。」

 幕僚長の中でも最も若い空自幕僚長が古臭い言葉を使い、その場に和んだ空気が流れたが、彼の言わんとしていることは全員が分かっていた。ゴジラ掃討――国難を回避し、国民の安全を守る為に男達は西日の差し始めた部屋で決意を新たにしたのだった――

 


6 残された謎

8 悪しきを除くもの

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