NEO G Episode 2nd〜EDEN〜

 

 

――4『ロサンゼルス崩壊』

 

防衛庁――防衛情報本部

「第3艦隊の戦闘機が行方不明?」

 真田は訝しげな表情を浮かべた。相沢がプリントアウトされた書類を見ながら答える。

「はい。消息を絶ったのは空母「カールビンソン」の艦載機F−14トムキャット、ブラックナイツ隊1番機。第3艦隊は先日までギルディア周辺への安全配慮の目的で南太平洋で行動中だったのですが、その後アメリカ西海岸の基地に帰港途中に夜間離発着訓練を実施中に消息を絶ったようです。」

「うーん、それならばゴジラの線は薄いな。いくらヤツでも高空を巡航している戦闘機を撃ち落すことは出来ないだろう。」

「そうですね。横須賀の太平洋艦隊司令部も、通信記録から墜落の原因を発生した低気圧に巻きこまれたからだと断定しています。我々もちょっと神経質になりすぎているのかもしれません。」

 相沢は肩を竦めて見せた。

「だが、氷川部長も『ゴジラが今回の爆発で目覚めてしまっている可能性も万に一つある』と言っていたよ。まだ第一種警戒態勢も出ていないので神経質になり過ぎるもの問題だが、我々の仕事は慎重さには万全を期さねばいけない。」

 そう言って真田は表情を引き締めた。だが、真田達の予想もしないところで事態は起こっていた――

 

 

アメリカ合衆国――ロサンゼルス

 ロサンゼルス――このアメリカ西海岸最大の都市は温暖で海に面した地域は観光地、内陸部は高層ビル群、郊外の高級住宅地がらはあの有名なハリウッドを望むことが出来る。しかし、その日は朝早くから滝のように叩き付ける豪雨に見舞われ、人々は傘を差して忙しなく歩き回るか、家の中に引き篭もるしかなかった。

 異変が最初に起こったのは海沿いの地域だった。人々の生活が動き始めた時間帯、微かに窓ガラスが震えるような微震が町全体を襲っていたが、人々は気付かなかった。“それ”を実際に目にするまでは――

 最初に空を見上げたのは誰だか分からない。しかし、何時の間にか街を歩く人々は傘を捨てて呆然と空を見上げ、家の中にいた人々も窓際に殺到した。ロサンゼルスの上空に低く立ち込める雨雲の間から時折見える、巨大な発光物体。それは全市民の注目を集めながらロサンゼルスの中心部、ダウンタウン方面へと向かうのだった――。

 

 

ワシントンD.C――アメリカ国防総省(ペンタゴン)

「飛行物体はサンタモニカベイ上空に出現し、減速しながらロサンゼルス市街中心部に向かいつつあります!」

「空軍は何をしている!UNKNOWNの領空侵犯を許したのか…!」

 整然と機器の並ぶ部屋で、統合参謀本部ジョンストン議長が怒鳴った。

「ロシアの新型偵察機か!?」

 モニターに映る、雲間から漏れる光にジョンストン議長は目を移す。

「まさか…偵察機がこんなこれ見よがしに低空を飛ぶとは思えません。」

 その傍らに立つ副官が答える。

「自らの存在を誇示する行動とも思える。ロシア人というのは何を考えているのか分からないところがあるからな…。」

 ジョンストン議長は憎々しげに呟く。

「空軍のレーダーに飛行物体の機影は捕えられていません。」

「相当なステルス性を持っているというわけか…。」

「海兵隊のF‐18がエルトロで出撃準備を完了していますが、いかが致しますか?」

 オペレーターの報告にジョンストンが答える。

「目標は既に市街地上空に達しつつある。F‐18は目標に警告後、すみやかに領海外へ誘導せよ!…ステイツ上空を横断させるような真似は断じて許すな。」

 

 

ロサンゼルス――

 雲間の発光物体は低い唸りを発しながらロサンゼルス市街の中心部まで移動し、静止した。そして次の瞬間、光の眼下を猛烈なダウンバーストが襲った。爆発を思わせる強烈な下降気流の威力で、人々が、そしてまともに風を受けたものでは路上の車までも吹き飛ばされる。衝撃は窓ガラスを砕き、凶器と化した破片の雨を路上に降らした。どこからともなく飛ばされて来た看板が路上に落下し、吹き飛ばされた車は地面に叩き付けられると爆発し、赤い炎と黒い煙が町のあちこちで立ち昇っている。

 そんな状態で傘を持っていられる人はいなかった。一瞬でハリケーンとトルネードが同時に襲ったような惨状の市街地で、人々はずぶ濡れになりながら、曇天を見上げて絶句した。

 分厚い鉛色の雲がゆっくりと裂け、そこから見たことも無い飛行物体が姿を現し始めたのだ。極彩色の光を纏った巨大な物体が雲の中から降りて来る――。それは一目ではまるで巨大な鳥、鳳凰や孔雀を思わせる姿。しかし、光の中に見える幾何学模様は明かに人工の意匠を見せる。楕円盤状の本体、嘴のような頭部には宝玉を埋め込んだような赤く光る単眼、広げれば数百mに及ぶであろう巨大な翼は折り畳まれており、裾が幾筋にも分かれた尾を優美に靡かせている。胴体の下には一際長い一本を囲むようにして短い6本の甲殻類を思わせる計7本の脚。

「UFO……?」

 誰ともなく呟いた。少なくともその物体はそう表現するしか出来ない代物だったからだ。

 人間と言うものは本当のパニックに直面すると、かえって何も出来なくなる。ロサンゼルスの人々はまさにそれに当てはまった。突如現れた超常的光景を目にして、命の危険も感じることが出来ず、何をすることが最良なのか分からないまま、ただ上空の物体を見つめるだけだった。

 

 

ワシントンD.C――国防総省

「あれは偵察機なんかじゃない…!!」

 ジョンストン議長は愕然となった。その時、ペンタゴンのオペレーションルームにエマージェンシーコールが鳴った。この電話がかかって来る相手はただ一つ、ホワイトハウスである。

「ジョンストンです。」

 彼は自ら電話を取った。

『議長、サウバーです。』

 電話の相手は大統領の側近、サウバー国務長官だった。

「大統領はご覧になっているでしょうか?」

 ジョンストンはモニターに映し出されている3大ネットワークの中継映像を見ながら言った。

『もちろんだ。副大統領もここに来ているよ。大統領は住民のパニックを心配しておられる。避難誘導は安全かつ的確に行って欲しいとのことだ。』

「もちろんです、既に海兵隊が出動準備を整えています。」

『くれぐれも市民を刺激し過ぎないように…。後ほど議長にもこちらに来てもらって、あの物体に対する軍の見解を聞かせて欲しい。』

「分かりました、至急準備にかかります。では…」

 ジョンストンは受話器を置いた。

「カリフォルニア州知事とロサンゼルス市長に連絡、物体から半径2km以内の範囲に住民の避難勧告。誘導は州兵および市警察が担当。住民の避難が完了し次第、閉鎖地域は軍が閉鎖せよ!」

 

 

東京――防衛庁

 真田の防衛情報本部もロサンゼルスの現状が入ってくるに連れ、騒然となった。

「こいつか、ロスに現れたUFOというのは…!?」

 常に冷静な氷川でさえ言葉が熱を帯びている。既に全世界に向けてこの異常物体の映像が流されていた。

「いったいこいつはどこから来たんだ、何物なんだ!?」

 誰もが、この真田と同じ疑問を抱いていた。宇宙から来た物体――そう考えることが一番妥当なように思われた。

「アメリカの対応は?」

 氷川はいち早く冷静に戻り、それにオペレーターが答える。

「物体から半径2km以内の住民に避難勧告が出されました。既に海兵隊が出動準備を完了、陸空軍にも同様な命令が下っていると思われます。第3艦隊も急遽予定を変更し、西海岸を目指しました。」

「ギルディアの事件がすっかり霞んでしまいましたね…。こう立て続けに事件が起こると、何か関連性を疑ってしまいたくなります。放射能を消し去ったのもあれと同じ、人知を超えた現象なのか…。」

「憶測は危険だ――」

 真田は相沢の言葉を遮った。

「冷静な判断を失うことは事実から我々を遠ざけてしまうだけだ。ただ万に一つの可能性があれば、それを考慮しておくことも大切だがな…」

 

 

ロサンゼルス市内――

 市民がパニックを起こす前に避難誘導が行われた為、大きな混乱は起きなかった。中心部に通じる道路は陸軍の検問とバリケードにより封鎖され、装甲車の傍らには自動小銃で武装した兵士の姿がある。ハリウッドパークには対策本部が設けられた。ロサンゼルス国際空港の離発着は中止されて空軍の臨時滑走路と化し、F‐18、F‐16といった戦闘機、AH‐64アパッチ攻撃ヘリが事態に備えている。封鎖線内部の路上ではM1A1エイブラムス戦車が120mm主砲を、高層ビル群のすぐ上に覆い被さる巨大物体に向けていた。張り詰めた緊張が保たれたまま日が暮れ、街は夜を迎えた――

 

 物体から半径2kmの封鎖線の外では、住民が遠巻きに上空の物体を見つめている。ロスを離れようとする人々は市民の3分の1にも満たなかった。存在の不気味さ以上に、物体の現世離れした美しさが人々の頭の中から物体が危険な存在かもしれないと言う可能性を打ち消していた。その時――

「オイ、あれを見ろ!!!」

 誰かが叫んだ。人々の視線が集まる先には物体が、円盤状の本体の周縁部に青白い光を走らせ始めた。

キイイイイィィィィ……ン……

 光が強くなるにつれ、甲高い音が2km離れた封鎖線の外にも聞こえてきた。その不快な響きに耳を押さえる人も出始める。音はその高さを増してゆき、周縁部の輝きが最高潮に達した時には人々の耳には聞こえなくなっていた。人々は耳を押さえるのを止め、物体を見上げた。円盤状の胴体から光を発しながらロサンゼルスの摩天楼の上空に浮かぶ物体の姿は荘厳という一言に尽きた。物体は六本の短い脚を放射状に広げ、地面にパラボラを向けるような格好となった。そして、周縁部の輝きをゆっくりと胴体下部の最も長い脚へと収束してゆく……

「……!!?」

 イヤな予感を感じた者が一人、また一人と物体に背を向け脱兎の如く走り去り始める。逃げ出す人々がある程度の集団となると連鎖的にパニックが起こった。我先にと人を押し退け駆け出す市民、軍もパニックを起こした群集を止められない。光は脚のの先端に集まり、地面を走査し始める。そして、光の本流が地面に向けて放たれた!!!起こるであろう大惨事にヒステリックな悲鳴を上げる市民。だが、彼等の予期したようなことは起こらなかった。物体から放たれた光は、波紋を描きながら地面に沿って駆け抜けた。そう、駆け抜けるだけ…。瞬時に波紋は封鎖線の外まで達し、光に追い付かれた人々は目をつぶり、身を硬くしたが何事も起こらない。波紋はロサンゼルスを北はノースハリウッドの更に先まで、南はロングビーチの先端まで飲みこんでいた。人々は立ち止まり、辺りを見回す。

「へっ…何ともないじゃないか…。」

「驚かすわね、まったく…。」

 あちこちで安堵とも悪態ともつかない息が漏れた。が、真の災厄は次の瞬間やってきた――!!!

ドズゥゥゥ……ン!!!

 地の底から響く轟音と共に凄まじい縦揺れがロスの街を襲った。“立っていられない”どころの揺れではない。人々や路上の自動車が文字通り“飛び上がった”。同時に、衝撃で砕けたビルの窓ガラスが頭上から降り注ぎ、凶器の豪雨と化す。やや遅れてやって来た横揺れが事態を更に破滅的なものとした。最初の縦揺れで基礎が脆くなったビル群は横揺れによって撓み、拉ぎ、鉄筋コンクリートが易々とねじ切られる。本来なら最新の建築工学によって、地学的に想定できる地震には耐えられる設計や免震装置も人知を超えたこの揺れには対応し切れない!!!不倒の高層ビル群が無残にへし折れ、地面に叩き付けられると只のコンクリート塊と化す。頭上から落ちてくる瓦礫に押し潰される人、大きく裂けた地割れに飲み込まれる人、折り重なる人々の中で圧死させられる人…。ものの数分でロサンゼルスの市街は壊滅し、数万の人命が失われた。揺れが収まると今度は火災の恐怖が人々を襲った。駐車中の自動車、街中のガソリンスタンド、地下のガス管などから始まった炎が瞬く間に広がり、人々から逃げ場を奪って行く。

 烈震を生き延びた人々は体中煤だらけ、埃だらけ、血まみれになりながら上空に静かに浮かぶ物体を見つめた。この突然の大地震を起こしたのはあの得体の知れない物体なのか!?――眼下に広がる阿鼻叫喚の地獄を見下ろしながら、物体が再び動きを見せた。今まで畳んでいた翼をゆっくりと開いていく。炎の海の上、純白の光の翼を広げた姿は神々しくさえあった。そして、その白い翼がまるで眼下の炎を映し込んだように赤く、紅く燃えるように輝き始める。

「今度は何をするつもりだ…」

 半ば絶望的に一人が呟く。次の瞬間、物体は全長数百mに及ぶ翼を壊滅したロサンゼルスに向けて羽ばたかせると、紅い光を伴なった衝撃波が放たれた。人間の視線から見れば、それは炎の壁が猛スピードで迫ってくるように見えただろう。壁に飲み込まれたものは無差別に、文字通り粉砕され、破片は跡形も無く焼き尽くされた。それはアメリカ軍の戦車にも、ビルの瓦礫にも、そして生き残った人々も例外無しに等しく滅びを与えながら進んでいった――。

 

 

ワシントンD.C――ホワイトハウス

「ロサンゼルス!何があった!?状況を報告せよ!!!」

 ジョンストン議長の懸命の呼びかけにもロス市内の対策本部は沈黙し続けた。

「議長、どう言うことなんだ…。」

 苦虫を噛み潰したような表情で、ベネット大統領が問いかけた。

「…分かりません。最後の報告から予測するには、物体が何かしらの動きを見せたのではないかと…。」

 そう言って、ジョンストンは唇を噛んだ。

「ステイツが外部からの侵略を許すなんて、建国以来初めてのことだ…」

 大統領も力無くソファーの体を預けた。閣僚の反応も、砂嵐となったモニターをただただ見つめる者、腕を組んで俯く者、様々だったが

「大統領――」

 ジョンストンだけが顔を上げて再び言葉を発した。

「ロサンゼルス沖で待機中の第3艦隊に、物体に対する攻撃命令を…!!!」

「――それだけの根拠はあるのだろうな?ジョンストン議長?」

 ベネット大統領が鋭い目つきで彼を睨んだ。

「いえ、私の勘です。大統領――!!!」

「勘!?」

 ベネットは眉をひそめた。

「はい。ベトナムや湾岸で前線を見続けてきた私の勘です。私はロサンゼルスがあの物体によって奇襲された様な気がしてならないのです…。」

 大統領は黙ったままだった。ジョンストン議長は優秀な軍人だ。冷戦が終結し、アメリカが21世紀の新たな軍事戦略を打ち出すには彼の存在無くしては考えられない。

「分かった。待機中の第3艦隊に連絡、ロサンゼルス上空の飛行物体を速やかに排除せよ!」

 

 物体の攻撃はロサンゼルスを跳梁し続けていた。その冷徹な破壊は地震で壊滅した後から逃げ惑う者達を嘲笑うかのようだった。小1時間でロサンゼルスから動く物は見当たらなくなった。全てが破壊し尽くされ殺し尽くされ、黒煙と炎が燻る荒野がただ広がっている。獲物を追い詰めるようにして飛び回っていた物体の紅く禍禍しい翼の輝きは次第に収まり、その長大な翼を元の様に畳むと静止した。

 

空母「カールビンソン」

「大統領からの攻撃命令が下りた!待機中のF‐14は順次発艦!ロサンゼルス上空のUNKNOWNを速やかに排除せよ!!!」

 ノーマン艦長が命令を出す。

「ロサンゼルス上空に低気圧が発生!雲が広がって行きます!」

「なんだと!?」

 ビル十数階の高さに相当するカールビンソンの艦橋からも、ロス上空に先程まで晴れかけていた雲が急速に空を覆い始めたのが見える。

「このままでは戦闘機による攻撃にも支障が生じます!」

「――急ぐんだッ!!!」

 

 そう――それはまるで物体が雲を呼び寄せたようにも見えた。物体が再び上昇し始めると豪雨と暴風が吹き荒れ、雲はロサンゼルス沖に待機する第3艦隊の上を通り過ぎ、太平洋の彼方にまで広がった。空母カールビンソンからF‐14戦闘機が物体迎撃の為に発進した頃には物体は雲の中に姿を隠し、太平洋上で早期警戒機やイージス艦のレーダーからも忽然と姿を消したのだった――

 


3 静かなる遭遇

5 真珠湾衝撃

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