NEO G Episode 2nd〜EDEN〜

 

 

――3 『静かなる遭遇』

 

南太平洋――ミクロネシアの某諸島

 美咲達の研究グループは五日振りに発掘作業を再開することが出来た。しかし、この足踏みで発掘期間の半分を無駄にしてしまったのに加えて、現場の状況を見て美咲は大きく溜め息をつくのだった。

「ここに来てから不運続きね…。これ以上何か悪いことが起こらなければ良いんだけど…」

 美咲は一人語ちた。彼女等が発掘していた地層は、長雨による土砂崩れの下に埋まってしまっていた。

「これでは…発掘よりも土砂の除去が先になってしまいますね…。」

 ゼミ員の一人である男子学生が飽きれたように言った。目の前の土砂はとても人力で片付けられる量ではない。

「誰か、ショベルカーの免許でも持ってないかしら?」

 美咲もそう言って力無く笑うしかなかった。

「でも先生?全部が崩れてしまったわけではありませんから…。残った地層だけでは発掘を始めたらどうでしょうか?」

 傍らで梢がファイル類を胸の前で抱えながら言った。美咲はやや考え込んだ後――

「――それもそうね。じゃ、力自慢な男子はここで力仕事してくれる?やってくれた人は後期のレポートの点数にいくらか考慮を入れるわよ!あと女子と…男の子の何人かは一緒に来てちょうだい。」

 美咲に振り分けられた、男子の3分の2はしぶしぶスコップを取り、残り3分の1はしてやったりの優越感に浸りながら発掘場所に向かうのだった。

 南国の太陽は陽射しが強い。美咲の頬を汗が伝い、額に玉のような汗が浮かぶ。だが、長時間の作業で日焼けをするのは嫌なのか、ジーンズに長袖のYシャツを着こんでいる。梢も長い髪を後ろで一つに束ね、長袖の薄手のトレーナーで肌を覆うなど美咲の格好に準じている。もっとも男子達はそんなことはお構い無しに、Tシャツ短パンで黙々と穴を掘っているのだが。

 発掘中というものは特に発見が無ければ、皆無口なものである。各自が分担された区域を手ベラやスコップで慎重に掘り進めて行く。

「ふぅ…」

 梢は額の汗を拭いながら立ち上がると、ゆっくり背筋を伸ばした。彼女は考古学も好き、発掘も好きだが女子のらしく体力は非力である。

「(飲み物でも取って来よう…)」

 そう思ってクーラーボックスが置いてあるテントに向かおうとした時――

ボコッ!!!

 鈍い音と共に彼女の足元が崩れた

「キャッ!!!」

 短い悲鳴を残して彼女の姿が消える。

「木下さん?」

 それを聞いた美咲は自分が発掘していた穴から顔を上げて辺りを見ると、さっきまで手付かずだった部分にぽっかりと穴が開いているのを見付けた。

「木下さんなの!?怪我は無い?」

「ハイ…大丈夫です…。でも、足を挫いたみたいで…」

 急いでそこに駆けよると、梢の声が聞こえた。穴は深さ2mほどで、底からまだ奥に斜めの縦穴が続いているようだった。

「誰か!手を貸してっ!」

 美咲が叫ぶと、周りの学生達も集まってきた――

 

 怪我をした梢の手当てを済ませると、美咲は助手の男子学生二人を伴って縦穴に入って行った。懐中電灯に照らされた縦穴はまさに“地下室”と呼べるようなものだった。入ってきた縦穴の奥には斜めに階段が続いている。

「ここの地層って1万2000年前から2万年前のものでしたね…」

 学生の一人が呟いた

「ええ、間違いないわ。それがどうかした?」

 美咲が答える。

「壁を見てくださいよ…まるでコンクリートです。一万年以上前にこんな地下施設があるわけがない。ひょっとしたら第2次大戦中の防空壕の跡か何かじゃないんですか?」

「その可能性も薄いわ。ここは太平洋戦争の戦場からかなり離れた島だし、当時ほとんど入植者が居なかったここになんで防空壕なんて要るの?」

「それはそうなんですが…」

 学生は言葉に詰まった。

「あなたの気持ちは分かるわ。私も1万年以上前にこんな地下施設があったなんて信じられないもの。ただね…もしこれが1万年以上前のものだと証明できたら、私の仮説の一部が証明出来るかもしれない…!」

「海に沈んだ文明、ムーやアトランティスの存在ですか?」

パシャッ

 そう言いながらもう一人の学生がカメラのシャッターを切る。美咲もそれに頷いた。

「考古学をやっていれば分かるけど、この世界の過去は謎だらけよ。私達が知っているのは表面に現れた断片や一部にしか過ぎないの…。」

 美咲はさらに地下に続く階段の奥を見据えたまま言った。暫くすると、不意に階段が終わった。正面に明かりを向けると、そこには閉じられた金属製の扉があった。

「扉ね…」

「扉ですね…」

 美咲が呟くと学生もオウム返しのように呟く。

「……開けるわよ!」

 美咲の言葉に学生は黙って頷いた。取っ手に手をかけると3人掛かりで力を込めた。扉はゆっくりと、軋むような音を立てながら開いてゆく。埃っぽい、かび臭い臭いが3人の鼻を突いた。

ドサッ…

 扉がある程度開いたと同時に内側から何かが倒れてきた。それが何であるか分かるにの3人は数秒を費やしたが、次の瞬間美咲は短い悲鳴を上げる。それは白骨化した人間の死体だったからだ、白骨は床に倒れると同時にバラバラに砕け散ってしまった。

「せ…先生、これは…!?」

 学生も驚きで腰が退けている。

「な、中を調べてみましょう…」

 美咲の声はまだ震えていたが、恐怖を学者としての好奇心がかろうじて上回っていた。部屋の中は閑散としており、家具はぼろ布が重ねられた寝台と思しき物と、一組の机と椅子だけ。美咲は懐中電灯で机の上を照らしてみる。そこには分厚い埃が積もった数枚の金属板のような物が重ねられていた――

 

 美咲は地下室の中からその金属板や人骨とそれが身に着けていた布などを宿舎に持ち帰った。部屋には足首に包帯を巻いた梢がいる。

「それで、先生はこれをどうするおつもりですか?」

 梢は発掘品の収められたボックスに目を遣りながら言った。当の美咲は先ほどからレポート用紙に向かっている。

「許可が下り次第、日本に戻るわ。持って来た設備じゃあろくな分析が出来ないもの。発掘品の放射線年代測定が必要だし、あの金属板…何か文字が書いてあるの。」

「文字ですか?」

 梢が聞き返した。

「ええ、あんな文字見た事無いわ。でも、大学の資料と照らし合わせれば何か分かるかもしれない。」

 美咲の頭の中は発掘品の分析と文字盤の解読のことで一杯になっていた。

 

 

 

東太平洋上――

 満天の星が輝く空の下、昼間の鮮やかなブルーとは対照的に墨を流したように真っ黒に染まった海上に白波を立てている一団がある。原子力空母「カールビンソン」を中心としてミサイル巡洋艦、駆逐艦で構成されるアメリカ海軍第3艦隊の機動戦闘部隊である。艦隊はギルディア連邦周辺への示威行動を終え、北上しながら艦載機による夜間離発着訓練を行っていたところだった。

 

アメリカ軍第3艦隊空母「カールビンソン」

「カールビンソンからブラックナイツへ。本艦前方距離25000に低気圧が発生。早急に帰還せよ。」

 カールビンソンの艦橋CIC(中央戦闘指揮所)では、オペレーターが先ほど飛び立ったF−14トムキャット戦闘機に向けて通信を行っていた。

『こちらブラックナイツ。燃料はまだ充分あるので、低気圧を回り込んで帰還する。』

『そうだそうだ。今回の出動では1回も飛べなかったんだ。訓練くらいもうちょっと飛ばせてくれよ!』

「二人とも、あんな事を言っていますが…ノーマン艦長?」

 オペレーターは後ろの席でパイプを咥えている男に向かって苦笑した。カールビンソン艦長ノーマン少将は根っからの軍人であり、懐の広さから部下の信頼も厚い。

「しょうがない奴等だ。あと30分のフライトを許可する。だが1分でも遅刻したら減俸だと言っておけ!」

 そう言うと、ノーマン艦長はパイプをゆっくりと吹かした。

「了解。カールビンソンからブラックナイツへ――艦長からのお許しが出た。本艦が低気圧を回避するまでの30分、飛行延長を許可する。だが、帰還が遅れた場合はペナルティーだ。」

『Thank you Sir、over。』

 

F−14トムキャット戦闘機“ブラックナイツ”

 “ブラックナイツ”は機を大きく反転させると、空母「カールビンソン」に帰還すべく進路を取った。副座式のコックピットでは、パイロットのハワードとサブパイロットのブライアンズが1色に塗りつぶしたように流れる景色を堪能していた。

「深夜のフライトは格別だな!全てが黒一色に染まってしまって、まるで宇宙を飛んでいるようだ!そうだろう、ブライアンズ?」

「ああ、そうだな!だが他所見をするんじゃないぞ!カールビンソンが見付けた低気圧が近い…!」

「大丈夫、もう見えてる!」

 ハワードは視線を前方に移した。その先には真っ暗闇にもうもうと沸き上がる積乱雲が月明かりに白く照らされていた。

「おい、ハワード?ちょっと飛ばし過ぎじゃないのか!?このままじゃ雲の中に突っ込むぞ!!!」

 ブライアンズは後部座席で、機体と雲が異常に近づいているのをレーダーで捉えていた。

「馬鹿言え!マッハ1も出していないんだぞ!?……雲の方が近づいている!!?」

 そう、二人にスピードが上がったように錯覚させていたのは、“ブラックナイツ”と同等なスピードで雲がこちらに近づいて来ていたからだった。気付いた時には、上昇しても下降しても、旋回しても雲との衝突は免れない位置にいた。

「「うおおおぉぉぉ…!!!」」

 コックピットの中に二人の絶叫がこだました。しかし、そんな状況にあってもパイロットのハワードはバランスを崩さない的確な姿勢に機をコントロールしていた。ハワードは荒れ狂う嵐の中で必至に操縦悍を抑えて叫んだ。

「ブライアンズ、視界がゼロだ!雲を突破するまでどのくらいかかる!?」

「このまま速度を維持して…2時の方向に抜ければ…3分で雲の外に出られる!だが、あまりスピードを出すなよ!風で機体がバラバラにされちまう!!!」

 振動でぶれるモニターにしがみつくようにしながらブライアンズも叫ぶ。

「分かってるさ…出したくてもこんな状況じゃ出せない…!!!」

 キャノピーの外は先程までとは対照的に真っ白な世界。二人はレーダーの方角を頼りに突き進んでいた。その時――不意に視界が開ける――

「出た――!」

 世界が色を取り戻し、ハワードは思わず声を上げた。

「イヤ、レーダーではまだ雲のど真ん中にいるはずだが――」

 ブライアンズがモニターから顔を上げると、彼は言葉を失った。そして、ハワードもまた目の前の“物体”に既に眼を奪われていた。だが、二人はそれが何であったかは分からなかったであろう。分厚い雲の壁の中にあったもの、それは白、赤、青、緑、黄、紫…玉彩色の光に包まれた巨大な物体――!!!

 “ブラックナイツ”はその巨大物体に吸いこまれる様に近づいて行く。そして、機体が砕け散ったオレンジ色の炎は光の洪水の中に掻き消されて消えた――

 

空母「カールビンソン」

 CICのオペレーターはその異変をいち早く察知していた。先程まで繋がっていた“ブラックナイツ”との通信回線が雑音と共に途切れたのだ。オペレーターはヘッドフォンを耳に押し当てると、片手で通信周波数を微調整してみる。

「どうした!?ブラックナイツ、応答せよ!!」

「何事だ?」

 オペレーターの挙動を見て、ノーマン艦長が彼に言葉を向ける。

「たった今、ブラックナイツとの交信が途切れました…。原因は不明です。」

「雲の中に入ったんじゃあないのか?あの二人ならそれくらいの無茶はやりかねない。」

 そう言ってノーマン艦長は苦笑した。

「いえ…雲に入っても通信は続いていました。ですが…突然切れたんです…レーダーからも消えました…。それに妙なんです…」

「妙?」

 ノーマン艦長は訝しげな表情を浮かべる。

「何でも、『雲の方からブラックナイツに近づいて来ている』と…」

「そんなバカな…」

 CICの中に重い雰囲気が訪れる。歴戦の兵達は原因が何にせよ、ブラックナイツに起こった不幸を感じていた。

「そんな事を言っては始まらん!艦隊に連絡。艦隊は“ブラックナイツ”捜索の為に、連絡が途切れた海域に急行!待機中のヘリコプターを飛べられるだけ用意しておくんだ!」

 

 艦隊は行方を絶ったブラックナイツの捜索作業の為に進路を変えた。しかし、この時は誰も気付く由も無かった。この事故が更なる災厄の序章に過ぎなかったことに――

 


2 不吉の予兆

4 ロサンゼルス崩壊

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