『我々は作ってはならない物を作ってしまった。

 人類は“あれ”に滅ぼされてしまうことになる。

 我々に楽園をもたらすはずだった“あれ”が逆に人類に牙を剥いたのだ。

 我々に非が無かったと言えば嘘になる。

 銃に危険な弾を込め、引き金を引いたのは紛れも無く我々なのだから。

 今、世界は正に地獄と化している。

 外で爆発が起きるたびに背筋が凍る。

 生き残っている者はここに隠れている私達を含めて僅かであろう。

 しかし、我々は生き残っている限り滅びに瀕する恐怖を感じ続けなければならない。

 “あれ”はもはや人類を根絶するまで止まらないのだ。

 我々の力では“あれ”を止める術は持たない。

 もう、死を選んだ方が楽になれるのかもしれない。

 だが私にはまだやるべきことがある。

 我々が滅んだ後の近い未来、新たな人類が同じ間違いを犯さない為に…

 再び、“あれ”が動き出さない為に――』

 

 

NEO G Episode 2nd 〜EDEN〜

 

 

――1『災いを呼ぶ楔』

 

200X年――ギルディア連邦領南太平洋

 エメラルドグリーンとコバルトブルーの海面が美しいコントラストを描いている。南太平洋に面する島国の連邦であるギルディア連邦領内に位置するサンゴ礁の一島に美しい自然に似つかわしくないコンクリート製の無骨な建物がある。その中では白衣を着た科学者らしき者と国軍の制服を着た者が何やら話し合っている。建物の屋上、監視塔では肩に自動小銃を担いだ兵士が双眼鏡を構えて辺りを見回している。そんな彼の視界、水平線の彼方、水上に建てられた櫓が目に入った。遠くから見ればそれは櫓の様に見えたかもしれないが、それは高さ30m、正方形をしたプラットフォームの一辺は50m以上。上部に作られた基地は海底までシャフトを降ろし、海底からさらに500mの深さまで岩盤をくり貫き、“ある物”を降ろす為の巨大施設である。今ここで世紀の実験が行われようとしていた――!!!

 

「ニコライエフ博士、いよいよですね…」

 一人の男がやや緊張した面持ちで隣に立つ男に話しかけた。ニコライエフと呼ばれた男は肌が白く、髪も銀髪。白衣の服装こそ一緒だが周りの科学者一団、褐色の肌に黒い髪の者達とは一人だけ人種が異なっている。

「この実験が成功すれば世界のエネルギー事情、いや…軍事バランスまでを変える事が出来ます!我々の技術が世界を変えるのです。大統領もお喜びになるでしょう…。」

 その言葉にニコライエフはかぶりを振った。

「悪いが、私はこの国に貢献する事にも世界を変える事にも興味は無いよ。ただ、この手で核反応を完全に制御する技術を生み出したかっただけだ。ソ連の崩壊以来、私に充分な環境と資金を提供してくれたのがこのギルディア連邦だったと言うだけだ。」

 ニコライエフはソビエト連邦でも屈指の核物理学者であった。しかし、ソ連邦の崩壊と共に優秀な科学者は充分な待遇と研究環境を求めて第三国へと流出してしまったのは周知の事実である。彼もそんな一人だったのだ。ニコライエフは静かに水平線上に見えるプラットフォームを見詰めた。

「――核分裂時に発生する放射線と放射能を反応装置内部に再転換しエネルギーだけを取り出す究極のエネルギー、N2反応。その誕生の瞬間に立ち会えるだけでも私は幸せですよ…」

 現地人の科学者もいつのまにかニコライエフと同じ、“科学者”の目となっていた。

「N2反応装置、地下500mに設置完了。スタッフが安全距離まで離脱するのにあと5分です。」

「制御装置に問題無し。カウントダウン、開始します。」

 正面モニターでカウントダウンが始まった。その場にいた全員が固唾を呑んでその瞬間を待っている。上空にはヘリコプター、海上には巡洋艦と駆逐艦がプラットフォームを監視していた。

「遠隔装置との同調を確認、問題無し。」

「点火まであと60秒、58、57、56……」

 オペレーターが読み上げるカウントがゼロに近くなるにつれて、ニコライエフは手に汗握るのを感じた。

「(もうすぐだ…私の30年に及ぶ研究の成果が試される…)」

「……5、4、3、2、1、ゼロ!点火!!!」

ドズ……ン…!!!

大地を揺るがすほどの衝撃と共に海面が白く染まる――

「放射線モニター開始!」

 ニコライエフはすぐさまオペレーター達に向けて叫んだ。モニター画面には複雑に折れ曲がったグラフが次第に平らになっていくのが映し出されていく。

「地下の放射線量安定して低下に向かっています…。まもなく…再転換点!」

 そして、モニターのグラフがゼロを示したその時――、施設全体に警報が鳴り響いた。

「どうした!何が起こったんだ!?」

 モニターを覗き込んだニコライエフは我が目を疑った。ゼロで安定したはずの放射線量が一気に跳ね上がり、瞬時に臨界点を超えたのだ。

ゴゴゴゴ……

 施設を、いや実験場周辺全域を地鳴りが襲う。もやは立ってはいられない。必死に機器にしがみつきながら、ニコライエフは別のモニターに映る海上プラットフォームを見詰めた。その時、プラットフォームが建てられた周辺の海水面が白く変色した。プラットフォームは倒壊し、海中にその威容を沈めて行く。

「これは……!!!」

 観測員が何かに気付き、呟いた。しかし、それは呟きと取るにはあまりに声が大きかった。ニコライエフ博士はそれを聞き逃さなかった。

「一体何事だ!地下で何が起こった!!?」

 観測員は博士に振り向くと、顔面蒼白で被りを振った。

「――核爆発です…!!!」

 核爆発――、その言葉を聞いてニコライエフの頭の中は真っ白になった。核爆発――、今回の実験の中であってはならないこと…。N2技術とは核反応時の放射能を抑制し、原子力をより安全にクリーンなものと変える一大転換点となるはずだった。地下でN2が核爆発を起こした…、それは彼の数十年に及ぶ研究の成果を否定し、実験の失敗を意味するものだった。

「施設外にいる人間は建物内部に退避!!技術員も速やかにシェルターに避難せよ!!!」

 軍の高官は大声を上げながら指示を飛ばす。ニコライエフは核爆発の様子が映し出されているモニターに釘付けとなった。海面が白い閃光を放ちながら海上に小山が出現したかのように隆起し、次の瞬間、まるで海底火山の爆発のようにキノコ雲が立ち昇ったのだ。同時に、目に見えない衝撃波の壁が波を断崖のように反り立たせながら、駆逐艦・巡洋艦を呑み込んでゆく。排水量数千トンの軍用艦も核の巻き起こした津波に木の葉のように翻弄され、バラバラに砕け散って波間に消えた。爆発と同時に開放された膨大な熱エネルギーは周囲の海水を一瞬で蒸発させ、キノコ雲と海面の間には幾筋もの稲妻が飛びまわる。

「博士ッ、ここは危険です!早くこちらへ!!!」

 研究員の一人がニコライエフに呼び掛けるが、彼はその場で身動ぎひとつしない。ただ、つぶやいていた…

「所詮、核を手の内に操るなど人間の傲慢に過ぎなかったと言うことか……」

「博士――ッ!!!」

 助手が叫んだ時にはもう遅かった。窓の外は白い光りに覆われ、爆発の威力は遂に実験施設のある小島をも呑み込んだ。太陽の高熱に匹敵する熱線が島の表面をあらかた焼き払うと、衝撃波は島の木々の燃え滓もろともコンクリート製の施設を砂で出来た楼閣の如く打ち砕いた。地上にいた者は影も残さず身体を蒸発させられ、たとえ避難できた者でも地上を襲った高熱の所為で地下のシェルターはオーブンのように蒸し上がり、地上で一瞬で死ねた者よりも長い苦しみを味わったのだった……

 

――全てが焼き尽くされ、破壊し尽くされた実験場は何物も寄せ付けない死の世界と化していた。海面だけはその衝撃の痕を残さず平静を保っている。しかし…誰の目も届かない深海で、何かが確実に動き始めていた。海底から眩い光がゆっくりと浮かび上がってくる…。突如、海域は猛烈な嵐に包まれた。まるで、その“何か”が自らの姿を覆い隠すように――

 

 

日本国――防衛庁

 窓の無い、蛍光灯の白い明かりだけが照らす廊下を二人の男が足早に歩いている。一人は三十代半ば、一人は二十代後半といったところ。

「……情報が入ってきたのはいつになる?」

年上の男が言う。

「第一報が入ってきたのは今から8時間前です。ペンタゴン(アメリカ国防総省)経由の情報なので外務省よりも我々の方が早いでしょう。」

 それに年下の男が答える。

「我々にとって情報は早いに越したことは無い。ソースは確かだとして…その後詳しい情報は入っていないのか?」

「現状で集められる情報は全てオペレーションルームにてシミュレーション中です。詳しくはそちらで。最新の動きでは、国連がIAEA(国際原子力機関)を通じて調査隊を組織する準備を始めたようです。」

 年上の男は納得するように頷くと、歩を早めた。それに付いて来ながら今度は年下の男の方が口を開いた。

「しかし…ギルディアは核開発に関しては穏健派だと思っていました。それが核実験…、それも実験の失敗で水爆以上かもしれない放射能を大気中にばら撒いてしまったんです。もう誰も核の恐ろしさと言うものを実感出来ない状況にあるんでしょうか?」

「ギルディアはソ連崩壊の時に優秀な核物理学者の亡命を何人も受け入れている。自分達の野望が実現できる人材を得た今、その流れを止められなかったのかもしれん。」

 そう言いながら、年上の男は目の前のドアの横にあるスロットに自分のIDカードを通す。かすかな電子音とともに自動ロックが解かれ、ドアを押し開けた。

「おはようございます、真田二佐。」

 二人が部屋に入ると、年上の男に一人のオペレーターが挨拶してきた。真田と呼ばれたのが、自衛隊統幕会議直轄の“防衛情報本部”所属の真田誠二佐。“防衛情報本部”とは1990年代から2000年にかけて、竹島や北方領土の所有権問題、不審船の領海侵犯、北朝鮮の弾道ミサイル“テポドン”の日本列島上空通過など日本周辺における安全保障上の情報収集・分析の重要性が高まったことにより設置された、自衛隊の中で情報戦の要となる部署である。

 そして、付いて来た年下の男が真田の部下である相沢祐介三佐。彼等は防衛情報本部でも特異な任務――今や仮想敵国以上に日本の脅威となった「ゴジラ」の探知――に従事していた。

 ゴジラが人類の前に初めて姿を現したのが1954年。ゴジラは東京に上陸し、戦後復興し始めていた街並みを戦中さながらの焼け野原と化し、太平洋へその姿を消した。事件後の調査によりゴジラが東京に残した放射性物質がビキニ環礁で行われた水爆実験で生じたものと酷似している事が判明、ゴジラは水爆実験の放射能によりある種の生物が突然変異したもの、もしくは爆発によって目覚めた、人類にとって全く未知の生物である、と二つの有力な仮説が立てられた。

 その後もゴジラは幾度か日本に上陸した。主に太平洋岸の都市部が襲われたが、一番の衝撃が与えられたのは最も新しいゴジラの上陸――1995年、若狭湾敦賀原子力発電所の破壊である。今まで太平洋側に集中していたゴジラの被害が初めて日本海側で起こったこと、原発が破壊されたにもかかわらず周辺地域への放射能汚染が軽微だった事実よりゴジラが体内で核分裂物質を代謝しているという仮説が確認されたことなどがその理由である。

 この事件を契機に政府は対ゴジラ対策に一層の力を入れなければならなかった。今後、ゴジラがエネルギー源である核分裂物質を求めて再度原発を襲う可能性が高まったからだ。戦略情報部の仕事にゴジラの探知が組みこまれた理由もここにあった。

 中でも真田達の調査部は独自のネットワークで収集したあらゆるデータ――軍事、気象、海難事故、海流の温度変化に到るまで――から、ゴジラとの因果関係がないかどうか分析するのが主な仕事だった。

「真田さん、こちらへ。」

 相沢が一台のコンピューターの前に座り、真田をその方へ促した。真田も椅子を引っ張って来ると、相沢の隣に並べて座った。

「昨日ギルディア連邦領内で行われた核実験の爆発が周辺地域へ及ぼす放射能拡散のシミュレーション、アメリカの衛星からのデータと当日から現在までの気象、海流のパターンが打ち込んであります。では…スタート!」

 相沢はおもむろにキーボードのリターンキーを押した。ディスプレイにはCGで作られた精密な地図が描かれている。

「スタートから20秒後、地表には影響が全く現れていません。」

「そうだ、地下核実験ならば影響は地下に限定されたはず…。」

 真田はそう言って唸った。

「スタートから30秒、爆心点直上で海面が隆起開始。その2秒後に爆発に伴ったキノコ雲が水上に現れています。」

「爆心点の深さは?」

 真田の問いに相沢がモニターの別ウィンドウに表示されている数値を見て答える。

「水深約60m、海底から更に500m…」

「凄まじい爆発力だ…!」

 そう言っている間にシミュレーションは進む。モニターがスタートから40秒後を示した時には半径30km、60秒後には半径50kmの同心円が放射能汚染を示す赤い色に変わった。

「これだけじゃありませんよ真田さん…」

 そう言って相沢がキーボードを叩くと、円形だった汚染範囲がまるで周囲を浸食するように不定形に広がって行く。

「放出された放射能が周辺の海流や風で拡散された場合、汚染の予測はここまでついています。」

「信じられん!」

 地図に広がった赤い“染み”を見て真田は絶句した。

「長期的にはともかく、短期的な影響はチェルノブイリ以上でしょう…」

 相沢もそう言って椅子の背もたれに身を預けた。

「周囲地域への放射能汚染、生態系の破壊は想像がつかない・・・」

「ビキニ環礁と比較すれば、新しいゴジラをもう2、3匹作れるほどですよ。」

 相沢は苦笑した

「ゴジラはあいつが最後の1匹と信じたいがね…。この放射能量ならゴジラを再び呼び起こすだけの“撒き餌”としては充分過ぎるんじゃあないか?」

「でも、これだけでは第一種警戒態勢を発動する根拠にもなりません。あとは部長の判断に任せましょう。データは真田さんのコンピューターにも送っておきます。」

 相沢はプログラムを終了させるとネットワークを開き、素早く転送を終了させた。

 

 真田が自分のデスクに戻り、先ほどのデータと睨み合っていると、香ばしい香りが鼻をついた。モニターから顔を上げると相沢がコーヒーカップを自分の方に差し出していた。

「ああ、ありがとう。」

「いえいえ、とんでもない。せっかく休暇中のところを呼び出してしまいまして…。」

 相沢は小さく頭を下げた。真田も微笑み返した。

「これも仕事だからな…。足を運んだだけの価値はあったよ。」

 そう言って、真田はコーヒーをゆっくり啜った。

「仕事が忙しいと言えば、別れた姐さんは今どうしています?真田さんと姐さんが別れてしまったのは、このゴジラ専任になってからでしょう?」

 真田はコーヒーを吹き出しそうになった。

「離婚したわけじゃあない…美咲とは別居しているだけだ。」

 美咲とは、真田の別居中の妻であり考古学者で、今年某私大の助教授になったばかりだ。研究や発掘の為に留守にすることが多く、真田が防衛情報本部に入り、前にも増して多忙になった頃から生活のすれ違いが多くなり、現在ではお互いの仕事を優先させる為に別居していた。真田の心の中では彼女に対する愛が冷めている訳では無い。後輩の相沢も彼女のことを姉のように慕い、親しみを込めて“姐さん”と呼ぶのだ。

「そうだな…確か今はなんとかと言う遺跡の調査の為にミクロネシアだかポリネシアだかあっちの方に…!!」

 そう言ったところ、二人の顔色が凍り付いた。

「ミクロネシアでもポリネシアでもギルディアの領海とは隣り合っているんですよ!!!姐さん、無事ならいいですけど…」

「――ああ…」

「先ほど入ってきた情報ですが、現地の天候は熱低が発生して大荒れだそうです。米軍の艦船も近づけない状況で国連の調査団も到着は大幅に遅れるでしょうね…。姐さん達も汚染の範囲外にいればいいんですが…」

 相沢はそう言って気遣ったが、さすがの真田もその時ばかりは妻の身を案じる事で頭の中が一杯になってしまっていた。

 


2 不吉の予兆

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