“ゴーーーーーーーール!!”
そのアナウンスよりも早く、スタジアム内は歓声で爆発していた。
「やったーーーーーーっ!!」
「Wonderful!」
「いよーーーーーしッ!!」
友津バルバロッサ・スタジアム一万五千の観衆が跳び上がっていた。赤いフラッグが打ち振られ、「バルバロッサ・コール」が轟く。
ピッチでは、ゴール正面からあまりにも芸術的な直接フリーキックを沈めた背番号21の若者にみなが殺到していた。たちまち押しつぶされ、その姿が見えなくなる。
レフェリーがそれに駆け寄って「早く自陣に戻れ!」と促した。
“ただいまの得点は、友津バルバロッサ・背番号21!趙!元雲!!”
もう一度歓声が大きくなる。
「お兄さん、やったじゃん!」
「すごいネ!」
「何言うとるん!遅いってのよっ!でも許す!」
大いに沸くゴール裏で、バルバロッサのレプリカユニを着た三人の少女がハイタッチしていた。
最初に発言したのは、額に巻いたバンダナが勇ましい、髪をショートカットにしたボーイッシュな少女、名前は林原若菜。
次に口を開いたのは、少女というのか、180cm近い長身のブロンドの英国人、名はエリザベス・チャールトン。
三人のうち最後に口を開いたのは、小柄で、髪を三つ編みにしてかわいらしい印象を与える中国人の少女、趙恵鳳。今ゴールを決めた趙元雲の妹である。
小型のオーロラビジョンに今のFKがリプレイされ、それが消えるとスコアが表示された。
友津バルバロッサ(赤)1−0清水インパルス(白)
時間表示は、すでに45分のところで止まっていた。つまり、ロスタイムのゴールだったわけだ。先ほどロスタイムは2分と表示されていた。もう時間はない・・・
それから1分後、試合終了のホイッスルが鳴った。もう一度スタジアムがはじける。友津バルバロッサ勝利―
「・・・最終節のあの一戦はよかったなあ〜。耐えて耐えてフリーキック一発。あれで鹿島・山形・柏を抜いて8位に入ったんよね。でも鹿島や柏の上にいけるなんて。今季はひょっとするかもしれんなあ」
頬のバンソウコウを軽く掻きながら林原若菜が言った。
「リーグ戦はソウ甘くはナイですね。カップ戦ならワカラナイけど?」
エリザベス・チャールトンがクスリと笑って言った。
「兄さんがもっとやってくれんとなあ〜」
趙恵鳳が苦笑して言った。「今季から10番みたいじゃけど、どうかなー」
三人は学校からの帰りだった。みな「城峰」と記されたエンジ色のジャージを着ており、手には同じく「城峰高校」と記されたスポーツバッグを持っている。
彼女たちは広島県友津市の私立城峰高校女子サッカー部のメンバーだった。たった今学校のグラウンドで、隣の国府市の国府高校女子サッカー部との練習試合を終えて帰るところ。試合は、ゲームメーカー・恵鳳のアシストが冴えてセンターFW・エリザベスがハットトリック、守備でもリベロの若菜を中心に国府高校を完封、4−0の快勝だった。ちなみに三人とも2年生である。
彼女たちは家が近いので、いつも一緒に帰ることにしていた。
「背番号はやっとケイに追いついたネ」
エリザベスが恵鳳を見ていたずらっぽく言う。「ケイは去年から10番だったし」
「そうそう」
恵鳳は笑ってうなずいた。
ほどなくして友津小学校の前にさしかかった。
「みんなやっとるかな?」
若菜が門から中をのぞく。
校庭では、少年たちが小さめのコートで7対7のミニゲームをやっていた。
「ああ、やっとるやっとる。裕明に大介・・・あ、淳也までおる。大丈夫かな」
中では、友津バルバロッサ・ジュニアユースの進藤裕明や猫田大介が友津中学の面々と一緒にゲームに興じていた。その中には、小学生である友津ジュニア所属の七池淳也―彼はバルバロッサのトップチーム所属のDF七池康一郎の息子―も交じっている。
彼は小学生だが身長が162cmあり、中学生に交じっても見劣りしない。父と同じく、DFをしている。
「観て行こうか?」
と若菜。
エリザベスは「ごめん」という仕草をして、
「このあと用事があるから、チョット・・・」
恵鳳はうなずいて、
「あたしは別にええよ」
若菜は面白くなさそうに、
「そっか。ベスはデートかなんか?」
「No、No!My mother's birthday!」
エリザベスは顔をしかめた。若菜は肩をすくめて、
「ごめん、冗談」
178cmの彼女に上から睨まれると、謝るほかない。
エリザベスを見送ると、二人は校庭に入った。ミニゲームには結構な数の小学生たちが集まって見物している。
「止めろ淳也!」
「おっけー!なーいす!」
同じ友津小学校にいる七池淳也への声援が聞こえた。と、それが歓声に変わった。
右サイドにいたプレイヤーが淳也からのボールを受けるや、反転してドリブルに入った。小柄で、淳也と同じかやや低いくらいで、イングランド・プレミアリーグのアーセナルのユニフォームを着ている。背番号は7・・・恵鳳がそこまで見たとき、若菜が思わず声を上げた。
「ええっ!?」
彼はワンタッチで大きく蹴り出した。大きすぎる、と思ったが、彼は凄まじい加速でこれに追いつくと、ツータッチで一人を抜き去り、さらに蹴り出す。さらに加速し、向かってきたDFより早くそれに追いつきスリータッチでかわし、そのまま右サイドを完全に切り裂いた。そしてセンタリング!
絶妙にカーブのかかったふわりとしたボールがゴール前に飛び、正面に走り込んだ進藤裕明の頭にピタリと合った。裕明のヘッドがゴールネットを揺らす。
「ごーーーーーーーーーるっ!」
小学生たちが一斉に声を上げて飛び上がった。170cmの長身FWである裕明がセンタリングを上げたその少年に飛びつく。少年はそれを受け止め、ぐるぐると振り回した。
「は、速・・・・」
若菜が唖然とする。「見た?恵ちゃん・・・」
「うん・・・なんてスピード・・・」
(何何何?凄い加速・・・それに、あのトップスピードからあんなきれいなセンタリング・・・あの子、誰?見たことないけど・・・)
「うわー、あのお兄ちゃん反則じゃん!」
「凄すぎるって!」
小学生たちが口々に言う。
「裕明!」
裕明と別チームになっていた猫田大介がくたびれたように声を上げた。「ちょっと、チーム換えやろうや!」
「えー、いやじゃ」
裕明は着地すると首を振って、満面の笑みで言った。「今までサッカーやっとってこんなに気持ちええことなかったんじゃけえ」
「アホー、もう10−3じゃ!こっちゃーやっとれんわっ!」
大介が両手を広げた。裕明はうーんと唸って、先ほどの少年のほうを指し、
「それもそうじゃなあ。わかった、ええよ。でもあの人はオレと一緒な」
「だめじゃ!」
裕明と対照的に小さい(154cm)大介は顔をしかめた。「こんどはこっち!」
二人は押し問答をはじめた。
恵鳳と若菜はピッチのそばまでやってきた。小学生たちがそれに気づくと、わっと声を上げる。
「あ、お姉ちゃんたちじゃ!」
「今日は勝ったん?」
「4−0で勝ったで」
若菜が胸をポンポンと叩き、そのまま親指を立てて言った。「当たり前じゃん」
「さーすが城峰女子の『女帝』。頼もしいで」
一人が笑った。
城峰高校女子サッカー部は冬の選手権で見事優勝し、地元のケーブルテレビにも大きく取り上げられたので、知名度は高い。若菜は背番号5でリベロということもあり、かつての西ドイツ代表DFフランツ・ベッケンバウアーになぞらえて「女帝」と紹介されたので、人気者となっていた。
彼女たちは、日曜日にここの校庭でよく行われるこの「日曜サッカー」をよく観にくるので、彼らもよく知っていた。
「まーね。で、今どうなっとるん?」
若菜が訊くと、彼らのテンションが一気に上がった。
「小島ってお兄ちゃんが凄いんじゃけえ!」「メチャメチャ速いで!」「クロスも上手いし!」「もう凄ーーーーーーーーえ!」
口々にまくし立てる。
「小島って、右サイドのあの子?」
恵鳳が今しがたアシストを決めた少年のほうに手を延べた。
「あの子っていっちゃダメじゃ、お姉ちゃん!」
みんなが笑った。「18歳ってゆっとったで!」
「ええ!じゅ、18歳!?」
恵鳳は驚いた。てっきり中学生だと思っていた。しかしあのスピードとセンタリングの精度は確かに中学生レベルではない。それに、よく見れば、その体つきに足の筋肉を見れば、かなり鍛えられていることがわかる。
「高校生?」
若菜も驚き、首をかしげた。「でもあんなやつ城峰(高校)にはおらんし・・・友津にも国府にもおらんかったはずじゃけど・・・」
「もう卒業したって」
「18歳で?」
「早生まれだって」
「あ、そっか。どこの高校?」
「イギリスだって!」
「イギリス!?」
二人は「小島」を見た。アーセナルのユニフォームを着ているが、まさか・・・
「ばか、イギリスじゃのうてイングランドじゃろ!」
今言った者が別の者に小突かれた。「イギリスって言うたら、イングランドとウェールズとスコットランドと、えーとあと、北アイルランド全部指すんじゃけえの!あのお兄ちゃんはアーセナルじゃけ、イングランドじゃ!」
「細かいのうおまえは・・・」
地面には棒でメンバー表とスコアが書かれていた。
A: | B: | A 10−3 B | ||||
GK | 沖本(友津中) | GK | 倉坂(風見FC) | 進藤(小島) 尾田(小島) 進藤(小島CK) 岡本(進藤) 進藤(岡本) 進藤(小島) 進藤(小島) 尾田(小島CK) 岡本(進藤) 進藤(小島) |
前田(猫田) 猫田(−) 広川(猫田) |
|
DF | 七池(友津ジュニア) | DF | 高橋(友津中) | |||
DF | 小島(アーセナル) | DF | 村田(平岡FC) | |||
DF | 大井(友津中) | MF | 宮前(平岡FC) | |||
MF | 岡本(平岡FC) | MF | 猫田(友津JY) | |||
MF | 尾田(風見FC) | FW | 前田(友津中) | |||
FW | 進藤(友津JY) | FW | 広川(友津中) |
いずれもトレセンの常連メンバーだ。それにしても7アシスト。得点が一つもなく、アシストに徹している。それを決めている進藤のダブルハットトリック、対する猫田の1ゴール2アシストもさすがだが。
「あの・・・人、アーセナルの人!?」
恵鳳が信じられないという声を出した。
「嘘じゃろ、そんなの聞いたことないで!」
若菜が顔をしかめた。「今、アーセナルに日本人選手なんかおらんはずじゃ。ユースにおったって、ニュースは流れてくるで!」
「あ、それはユニフォームがそうじゃけえそう書いとるんよ。でもイングランドの学校出たんはホンマらしいで」
「なんじゃ、そーか」
若菜はふんと鼻を鳴らした。「ビックリさせるなー。ま、でもちーとばかし大人げないな。よーし、あたしらがちょっとヤキ入れとこうか?」
「ええっ、入るん!?」
恵鳳が驚く。若菜はなおも押し問答をしている大介と裕明に向かって叫んだ。
「おい大介!あたしらが入るで!」
二人は驚いて若菜たちを見た。大介が口を開く。
「あれっ、林原さん。試合の帰りですか?」
「ああ。まだやり足りないんで、ちょっと混ぜてくれ。おまえらとあのアーセナルが一緒のチームでええから」
「へえ、輝(あきら)さんと対決したい言うんですね」
裕明が笑った。あの少年は小島輝というようだ。「えーですよ。大介もそれなら文句ないでしょ」
「それならええ。高校女子ナンバーワンリベロを破ってみるのも面白い」
大介も笑った。
「オッケー、成立やな。じゃ、恵ちゃんもこっちに入るから、一人増えて8対8な」
「げ、趙さんも入るんですか?こりゃ強敵だ。・・・えっと」
裕明が振り向いて小島輝に声をかけた。「ということですけど、ええですか?」
「ええで〜」
イングランド帰りのくせに関西なまりで答えてきた。あやしい。
かくて、無理やり恵鳳も加えてチームを再編成し、新しいゲームに入ることになった。
A: | B: | A 0−0 B | ||||
GK | 沖本(友津中) | GK | 倉坂(風見FC) | |||
DF | 林原(城峰高) | DF | 小島(アーセナル) | |||
DF | 七池(友津ジュニア) | DF | 高橋(友津中) | |||
DF | 村田(平岡FC) | DF | 大井(友津中) | |||
MF | 趙恵鳳(城峰高) | MF | 宮前(平岡FC) | |||
MF | 岡本(平岡FC) | MF | 猫田(友津JY) | |||
MF | 尾田(風見FC) | FW | 前田(友津中) | |||
FW | 広川(友津中) | FW | 進藤(友津JY) |
若菜はスリーバックの中央・リベロに入り、守備の指示を出す。
「七池は右、村田は左、その前恵が左、岡本は右、その前に尾田、トップに広川。尾田はちょっと左サイドに張ってな。アーセナルがかかってきたらプレスかけるで!沖本もしっかりな。10点も取られんなや!」
「おう!」「はーい」
「恵!もっとしゃきっとした返事!」
「はい!」
「オーケー!」
(ううっ・・・こっちは疲れてるのに・・・タフだな若菜は・・・)
恵鳳は心の中でため息をつき、敵陣を見回した。
進藤が前線に張り、やや下がり目、向かって左に前田、右に猫田。後ろに宮前が控え、DFラインは向かって左から小島、高橋、大井。
小島輝は身長は160cmほど、髪はややぼさぼさとしているが風にさらさらとはためいているので、手入れは一応しているようだ。最初は中学生と思ったように、腕白小僧といった形容がぴったりな顔立ちで、サッカーをしているのがうれしくてたまらないのか、目が生き生きと輝いているのが遠目からでもわかる。少なくとも悪い人間には見えない。小さいながら体つきは意外とがっしりしており、脚は太く、かなり鍛えこんでいることがわかる。ちょっとディエゴ・マラドーナを思い出してしまった。背番号7の「ガンナーズ」・アーセナルの赤いユニフォームをまとっている。
それにしても何者だろう。関西弁ぽいからそちら方面の人間か・・・しかしクラブユース選手権でもインターハイでも高校選手権でも彼のような名前のプレイヤーは聞いたことがない。では本当に英国帰りなのだろうか・・・しかしそんなプレイヤーがどこかのユースチームにいれば、雑誌が記事にしているはず。さっぱりわからない。
その時試合開始の笛が鳴った。
このゲームは、周りの小学生たちの中から主審を二人、副審を六人を選んでレフェリングがされていた。
キックオフは先ほど負けたBチームから。進藤が前田に渡し、猫田へバックパス。猫田はボールを受けるとちらりと右を見た。
「来るよっ!尾田、恵!」
小島輝が猛然と右サイド(こちらの左サイド)を上がってきた。凄まじいスピードだ。
「速い・・・!」
恵鳳がサイドへと向かったとき、猫田がロングキック!ボールは中盤を飛び越え、恵鳳の上を越え、コーナーポスト付近へと飛んでいった。
(大介、ミスキック!)
と思ったとき、小島がさらに加速した。あっと思って付いていこうとした目の前を疾風のように駆け抜ける。
「バカ恵!体入れろっ!」
若菜の声が響いた。「ゴール前へ戻ってっ!村田行って!ナナ、進藤マーク!岡本、2列目カバー!」
村田がボールを追う。ボールが左サイド深くでポーンと跳ねた。バックスピンがかかっており、勢いが殺される。それに小島が飛びついた。そして足を上げてトラップし、着地する。村田がそこへマークについた。と、その股の間をボールが抜けた。
「!!」
わっ、と周りの小学生たちが沸いた。小島は村田のそばをすり抜けると、中を見つつ右足でセンタリング!進藤が走り込む、七池がそれに体を寄せるが、ボールはその上を越えて行った。そしてファーに回り込んでいた猫田が岡本と競り合いつつヘッドで折り返す!しかしそれを若菜がカットした。ワントラップするや戻ってきていた恵鳳にパス、そして自らオーバーラップした。
「リターン!」
恵鳳は若菜にパスを返す。前を向いてボールを受けた若菜はすぐさま左に開いていた尾田へパス、尾田はがら空きの左サイドを突破する。そしてセンタリング!これは広川に合わずDFにはね返されたが、こぼれを再び若菜が拾った。そして右へ!そこには恵鳳が上がってきていた。恵鳳はボールを受けるとタテへ抜けセンタリング!DFの裏に絶妙なグラウンダーが通り、飛び出した広川がこれをクリーンヒット、ゴールに叩き込んだ。
主審がホイッスルを吹き、センターサークルを指差す。
「ごーーーーーーーーーーるっ!!」
みんなが跳び上がった。
「広川!」「さっすが女帝!」「広川!」「女ベッケンバウアー!」
広川と恵鳳、若菜がハイタッチする。
「いきなり全開ですか・・・」
戻ってきた大介が苦笑した。
「あんたの折り返しが甘いんよ」若菜は笑って言った。そして恵鳳の方をくるりと向き、額にデコピンを食らわせた。
「いったーっ!」
「何あっさり突破されとるんよ。今度やったらヘッド食らわすからね」
「・・・・はーい・・・v」
(すっかりマジになってる・・・)
恵鳳は泣きたくなった。
「よし!」
若菜が声を上げた。岡本が猫田のパスをカットしたのだ。岡本はすぐさまトップの広川へボールを入れる。広川はトラップすると、猫田の裏に走った尾田にはたいた。尾田が右サイドに開き、キープする。すると若菜の指示でオーバーラップした七池が内側を上がってきた。尾田は七池に渡す。七池はDF大井のマークを引きずりながら切り込み、バックパス。そこへ恵鳳が走り込んだ。その後ろから猫田がチャージに来る。
「っと!」
恵鳳は右アウトサイドでダイレクトで外にはたいた。ライン際の尾田に渡る。尾田は中を見るとフリーでセンタリング!広川がニアに飛び込むが合わない、が・・・
「もらった!」
ファーにオーバーラップしてきた若菜が走り込んで来ていた。ジャンプし、空中で体をねじりながらヘッド・・・その瞬間、その目の前を誰かの背中が通り過ぎた。
わっ、と周りの皆が声を上げる。ボールがネットの上に落ち、裏へと転がっていった。
着地した若菜が驚いて今通り過ぎた影のほうを見る。と、小島輝がすたっと着地したところだった。
(ちょっと・・・今の何?あたしの目の前に背中が・・・あいつ、いったいどれだけ跳んだん・・・?)
副審がコーナーポストを指す。コーナーキックだ。
「今の見た!?」「見た見た!」「すっげー跳んだで!」「バーより頭出てなかった!?」
尾田がやってきた。「コーナーキック誰が蹴ります?」
「恵に蹴らせる。恵、お願い!」
恵がやってきた。「ちょっと、今の凄いジャンプじゃったよ」
「そうですよ、跳びすぎてボールより高くって、上半身折り曲げてヘッドしてましたよ。当たりそこなってオウンゴールになるとこでしたけどね」
尾田も信じられないといった表情だ。「あの人、プロじゃないですか?」
「あぶなー、オウンゴールになるとこやった」
小島が戻ってきた。猫田たちが歓声で迎える。
「ナイスクリア!」
小島は苦笑しながら首を振った。
「そうか?まあ結果オーライやな。でもまだPKやし、しっかり守っていこうで!で、同点や。大介、前線で待ってろ。通してやる。あとは守るで」
「はい!」
猫田が前線に上がった。
「岡本、マークお願い!」
若菜が指示を出し、岡本が猫田につく。そして自分たちはペナルティアークのところに集まって立った。
「わ、やらしいなこいつは・・・」
小島は苦笑し、ゾーンで守るよう指示を出した。
恵鳳はコーナースポットに走っていってボールをセット、後ずさって狙いをつける。そして勢いよく助走を取りキック!同時にAチームのプレイヤーがばっと散ってゴール前に突進した。
ボールはニアへ飛ぶ。一瞬反応の遅れた高橋の前に七池が跳び、ヘッドで反らす。ファーに飛んだボールに、村田が飛びつき、進藤と競り合いながらヘッド!
ボールはゴールに飛び込む・・・
「よし・・・!」
若菜が声を上げかけた時、
「甘い・・・っ!!」
枠を捉えていたボールがクリアされた。ファーのゴールポストに立っていた小島が鋭い反応でヘッド一番、PA外へボールを弾き出したのだ。
Bチームの前田がキープする。
「来いッ!」
小島が爆発的なスピードで飛び出してきた。前田が小島にボールを戻す。
(行かせるか!)
若菜がその前に回り込む。しかし小島はかまわず若菜向け突進した。そして―
「・・・・・・・・!!」
一瞬後、若菜は凍りついていた。小島は自分の傍をフェイントもなしに直線的に駆け抜けていた。
(!?・・・??反応できんかった?何で??)
若菜の意識が混乱した。しかし、すぐさま振り返って後を追おうとする。しかしその時には小島はすでにゴール前にアーリークロスを送っていた。
若菜が抜かれたことで動揺した岡本はポジショニングに迷いを生じさせ、それを見て取った猫田が素早くマークを外してゴール前に走っていた。それ向け繰り出された左足のクロスは、鮮やかなカーブを描いて猫田の伸ばした右足に収まった。猫田も素晴らしいトラップで、ピタリと足元に落とす。
「い、た、だ、きっ!」
猫田はその流れのままチョーンと左足でループシュートを放った。PA前、絶妙のところに飛んだクロスにGKが見事に釣り出されていたのだ。ボールはGK沖本の頭を越え、ワンバウンドしてゴールに飛び込み、やさしくネットを揺らした。
「ごーーーーーーーーーーる!」
小学生たちが飛び跳ねる。「同点!」「かっちょえー!」「ループじゃ!」「猫田!!」
猫田が人差し指を立てた右腕を突き上げながら小島のところに走っていく。「ナイスパス!」
そして、小島に飛びついた。
「今のは結構上手く行ったわ。でも、ナイストラップやったで!」
小島が笑う。
「・・・ちょっと若菜、なんであっさり行かせたん?」
恵鳳がむっとしたような声で若菜に言った。「人にデコピンしといて・・・」
「あ、あれは・・・」
若菜は顔をしかめた。
(確かに速かったけど、まっすぐ自分に向かってくる相手をそのまま行かせるなんて・・・どうしたんじゃろ・・・)
油断していた若菜の額にデコピンが飛んだ。
「いったーーっ!!」
「これであいこよ」
恵鳳は笑った。
「よし、一気に逆転や」
そのとき小島が言った。「相手は強いからな、こちらも本気で行かなあかん。オレが一つ上がるで」
それを聞いた猫田が手を叩いた。
「おおっ、ほんまですか!じゃ宮前、一つ下がってくれ」
「オーケー」
「よーし、またハットじゃ」
進藤が両手を組んで握り締め、頭をぶんぶんと振った。そして若菜のほうを見て、
「林原さん、これからこっちのショータイムですよ!」
「若造が言ってくれるじゃない!負けんからね!」
若菜がややむきになって言い返した。
「ちょっと若菜・・・」
恵鳳は苦笑した。
そして、ゲーム再開・・・
「・・・・・・・・!!」
恵鳳が唖然とする。動けなかった。いや・・・違う!
小島は中盤の底で恵鳳を瞬時にかわすとトップの進藤にクサビを入れた。進藤が前田にはたき、前田が上がってくる猫田に戻す。猫田はボールを受けると見せ、ノールックで前方のスペースにスルーパスを放った。それに反応して小島が飛び出す。
「行かせるかっ!」
最終ラインから若菜が飛び出した。どちらが早いか・・・たとえあちらが早くても、体で止めてやる!
小島が猛然と突進する。そしてトラップ、しかし若菜もその正面に立った。
(止める!)
瞬間、小島の姿が消えた。
「ごーーーーーーーーーるっ!!」
「!???」
若菜は唖然として振り返った。
今度は瞬時の大きなフェイント+股抜きで若菜をかわした小島が、そのまま突っ込んでGKの鼻先で進藤にパス、進藤ががら空きのゴールに流し込んでいた。
「大介、ナイスパス!」
小島が進藤を祝福した後、スペースに走る自分にスルーパスを出した猫田に拍手を送った。
「あったり前っすよ、あれくらい」
猫田が親指を立て、得意げに言った。
あれからは一方的な展開になっていた。Bチームは宮前をDFに下げ、小島が一列前に上がったことで、進藤・猫田との絡みが増えたことにより中盤をほぼ一方的に支配し、さらにAチームの守備の要である若菜に小島が一対一を仕掛けるように仕向けていったことによって、ゴール前のスペースを有効に活用できるようになっていた。
A 1−5 B | |
広川(趙) | 猫田(小島) 進藤(小島) 前田(小島) 高橋(小島FK) 進藤(小島) |
恵鳳は呆れていた。5アシスト・・・その気になれば自分で何点でも取れそうなものなのに、とことんアシストに徹している。それに、どれもこれも見事なアシストだ。同点ゴールの猫田へのアーリークロス、若菜のマークを外しきらないまま進藤の頭へドンピシャで合わせたクロス、高橋へのピンポイントのFK・・・どうやら、クロスにはひとかたならぬこだわりがあるようだ。
それにしてもさっき自分が食らった「フェイント」・・・あれは自分が動けなかったのではなかった。
(あれは、あの人が瞬時にボディフェイントをかけてたんだ・・・それに引っかかって思わずそちらのほうに一瞬体が動き、まっすぐ抜けていくのに止められなかったのか・・・でも、あんな自然に、最少の動きで・・・あれじゃ、誰だって引っかかるよ。見てる人なんか絶対フェイントかけたってわからない。凄すぎる。あたしたちじゃ、とってもかなわない・・・)
「ちょっと・・・小島さん?」
恵鳳は小島に声をかけた。
「あ、趙さん、ギブアップですか?」
猫田が笑う。
「うん・・・そーね」
恵鳳は、かなりへこんでいる若菜のほうを見て苦笑した。そして小島のほうに向き直って、訊いた。
「どこのクラブに入っているんですか?」
小島は首を振った。
「どこにも」
「でも、そんなの信じられません。あんなに凄いプレイ、ユース世代でもあんまり・・・!」
「これから入る」
小島が力強く言ったので、思わず恵鳳は口をつぐんだ。進藤たちも目を見張る。彼は続けた。
「この街のクラブに入るで」
小島は一同を見て胸に手を当てた。「友津バルバロッサで、プロになる。そして、もう一度“ガンナーズ”の一員になるんや!」
「ええーーっ!?」
猫田たちが声を上げた。「輝さんがバルバロッサに!?」
「ちょっと、でも、そんなニュース聞いてないよ!?」
恵鳳も驚く。「テストもあったって聞かないよ!」
小島輝は笑った。
「あ〜、そりゃそうや。だってこれから入るつもりなんやから」
「!??」
「入団のテストって、どうやるんかな?クラブハウスにでも行って頼めばええんかな・・・?アーセナルのジュニアユースじゃスカウトされて入ったからようわからんのや」
一同、ガクッと来た。何というか・・・しかし、彼の力は確かに高校生レベルではない。特にあの美しいクロスは、充分にプロ級だ。
恵鳳が言った。
「・・・ちょっと待って。兄さんに電話してみる」
「えっ、ゲンさん呼ぶん?」
猫田が驚いた。「まさか、対決させるんか?」
「その価値あるでしょ・・・?たぶん家でごろごろしてると思うけえ・・・」
恵鳳はバッグから携帯電話を取り出すと兄の趙元雲にかけた。
しばらくすると、兄の眠そうな声が聞こえてきた。
「・・・・何じゃ恵鳳?」
「プロのサッカー選手がのんきに昼寝して・・・・」
恵鳳は呆れた。兄は答えた。
「休む日には休むもんじゃ」
「ダメ。今すぐ小学校に来て!凄い人がおるんよ!凄いウイングプレイヤーなんよ!」
そうだ、この人は典型的な「ウイングプレイヤー」なんだな、と恵鳳は口走ってみていまさらながらに思った。現代サッカーにおいてはほとんどいなくなってしまった、サイドをえぐってクロスを上げる、アシストに徹するプレイヤー・・・
「4−4−2の中盤フラット4のサイドにうってつけじゃろ!?早く来て!」
「・・・わかった。おまえがそう言うんなら、行ってみる」
電話が切れた。そっけないが、彼はすぐに来てくれるだろう。
「OKだってさ」
恵鳳はにっこり微笑んだ。小島は目を輝かせて、
「誰が来るんや?」
「あたしの兄さん。友津バルバロッサの新10番です」
「えっと、君は趙・・・ひょっとして、それって前に21番つけてたセントラルMFか?」
「ご名答」
「それはいい!勝てば、クラブに紹介してもらえるかな」
「そう上手くはいかないですよ。兄さんは結構、守備が上手いですからね」
「上手くたって勝つよ」
小島の目が輝き始めた。そしていてもたってもいられないようにそわそわしだし、
「ちょっとアップせな。走ってくる」
と、走っていってしまった。
「面白そうじゃん!」
猫田が飛び跳ねる。進藤が皆に事情を説明しに行ったので、小学生たちが一斉に歓声を上げた。
わけを聞いた若菜も目を丸くした。
「そうなんか?・・・しかし、あの人もタフじゃな。あんだけダッシュで上下動しといても全然息、乱しとらん。相当走りこんでるで・・・」
一同は、軽めのランニングでグラウンドを廻る小島輝をしばらく見ていた。
第2話へ